マクガフィン

彼女がその名を知らない鳥たちのマクガフィンのレビュー・感想・評価

3.4
究極の愛とは何かを問い掛ける物語。原作未読。

現時点で好きな監督の一人である白石監督なために凄くワクワクしながら鑑賞するが、序盤の陣治(阿部サダヲ)の食べ方がガサツと言うより下劣極まるような長々とした食事描写を映像で見聞きすることは、ホラーやグロ映像を見るより耐えられなく、不快極まる。イヤミスなので心象的に不快にしてほしかった。

クズな性悪女の十和子(蒼井優)が下劣極まるダメ男の陣治の稼ぎに依存しながらも、ゲスな妻子持ちで二面性のある水島(松坂桃李)と不倫関係になり、八年前に別れたクズな黒崎(竹野内豊)を忘れられない、登場人物が全員クズな凄い設定なのだが、其々の男性に対し全く違う仕草・表情・声を棲み分ける繊細で巧みな女性描写が秀逸。

濡れ場シーンでの隠し方は、これまでの邦画での問題点をあっさりとクリアする出来栄えで、同時にキャラの特徴・本性・意思を理解できる演出により、浅薄な男たちの対比が分かりやすい。

また、十和子の過去賛美的な美化された回想や、現実逃避的な妄想や幻想による描写が後に生かされるプロットの構築も良く、黒崎との海岸での回想の「眺め」と水島とのラブホテルの天井から砂が降り注ぐ「動き」の幻想的なシーンの過去と現在の時間の系譜を辿るメタファーの対比も効果的で、更に砂は十和子の深層の変化にもなるメタファーに唸らせられる。

陣治に充てられた照明は緻密に計算されており、心の闇と時間が顕在化する瞬間を映し出すようで恐く、作品を通して映像的演出が冴えまくる。

グズな人間の対象で唯一まともなキャラだと思っていた十和子の姉だが、寿司の食事中に脂ぎった揚げ物を大量に出す描写から、旦那が浮気して帰ってこない闇を抱え、その精神状態が所以からか十和子の記憶と精神の変化のトリガーに。どうせなら十和子が登場する度にもっとプロットが転機するガジェットにしてほしかった。

狂気じみ面がある十和子と理解しがたい愛を注ぐ陣治。その愛の欠落した歪んだ同棲生活は十和子の寄生によるものかと思いきや、終盤の展開で共依存的関係が転移する。終盤の展開とオチがわかったのでイヤミスと呼ばれる程のミステリーとサスペンス的なテイストはなく、陣治に1ミリも共感できないことから感動は弱かったが、それでも全てを包み込んだ人間の歪んだ究極の愛の形と真意に転換するプロットに、何とも言えない独特な後味で奇妙な余韻を残す。

愛の形の捉え方が究極的か狂信的に感じるかで、感動の度合いが異なるだろう。

抽象的な時間の経緯と、人間の心の闇に肉迫することで究極の愛を描写することにより、僅かな光を焙り出す世界観の映像化を見事に成し遂げた白石監督の手腕に敬服するが、生理的に無理な陣治の設定により作品との相性が最悪な結果になったことが残念。

鑑賞後に原作者が「ユリゴコロ」と同じ作者と知って納得。「ユリゴコロ」と同様に行為に対して納得できないことも多いが、それでも浄化されていく不思議な気持ちになることは、作者の根底にある人間に対する愛なのかどうかを作品と同様に考えさせられる。