カラン

海辺の生と死のカランのレビュー・感想・評価

海辺の生と死(2017年製作の映画)
4.0
島尾敏雄、ミホ夫妻の馴れ初めを夫妻のそれぞれの小説を原作として描いたもの。



☆ショット

ショットが素晴らしい。冒頭、奄美の光のさす明るい緑の森の道を歩く若い女と子供たちのロングショット。奥行きのあるロングショットなのだが、森の中。女と子供たちの背景は木々で覆われている。そこに挿入されるのが南洋の植物のクロースアップ。映画空間がつまっていて、逃げ場なしで迫ってくる植物はこの映画の女の象徴なのだろう。ここはいきなり、熱いものが込み上げてきた。また、闇夜のショットも素晴らしい。雨水が光っており、画面が汚くつぶれていない。

サウンドトラックのエンジニアリングも素晴らしい。が、戦闘機に斉射されるシーンで白い粉塵が上がるのだが、射撃の音がしょぼい。おまけに、目の前に何発も着弾して女子供が立ってられるものなのかね。こういうのをしくじると戦争の緊張と死の気配が白々しくなるような。

この監督さんは、古風な業界用語で言うところの「写真」に興味があるのかもしれない。その発想自体は悪くないが、本作では内容の薄さを余計に悪目立ちさせているかもしれない。ショットは良い、しかし、物語が薄い、わざわざ島尾夫妻の話を題材にしながら。




☆満島ひかりの手の運動

指が長く、手のひらが薄く、手の甲も小さい。『エイリアン』のフェイスハガーか、『メッセージ』(2016)のヘプタポッドのように自立して動いているようにすら見える。禍々しいものに喩えているが、誉めている。監督もこの特別な手に気づいていたのだろうか、古い書物、届いたばかりの手紙、恋人の顔、その他の上を動物のように動く。役者の動きとともに、このような独立した小さな運動をカメラは何度か捉えるのは目の欲望にとって重要なファクターである。そうすると、しかし、手紙を届ける大坪くん(井之脇海)の動きがくどいのと、彼に歌って聞かせる満島ひかりのオルガンの鍵盤上の手を映さないのはドンマイなのだろうか?


☆脚色は控えめ?

しかし、島尾夫妻を巡る一連の作品である本作は、小栗康平が監督した『死の棘』(1990)と、アレクサンドル・ソクーロフの『ドルチェ』(2000)にキャラの造形では完敗である。キャラの造形に関しては、凄いのはソクーロフである。島尾家におしかけて素人の親子を撮っているだけなのに、『死の棘』に負けない強度を発揮する。他方でこの『海辺の生と死』は、5年後には『死の棘』のドロドロの錯乱が始まるはずなのだが、いかんせん、そういう2人には見えない。特に「タイチョウサマ」は物書きにまず見えない。原作が、、、は言い訳にならないでしょう。


レンタルDVDは画質、音質ともに良好。5.1chサラウンドは、音量を少し大きめにするとよい。音量を上げて音が良くなるのは、音質が良い証拠である。
















☆島尾夫妻のあとさきのおおよそ

島尾敏雄さんは1917年に生まれ、実家は絹製品の商売をしていたようで、敏雄さんは商業学校に入る。ただ商科の自分から、文学雑誌の同人になって詩や小説を発表する。通常は商科卒は実業に就くところ、浪人しながら九州大学の経済学科に入る。しかし翌年に再受験し、東洋史学科に入ったのは24歳の頃だったらしい。こうした経歴からは、島尾敏雄さんと文学との関係が透けて見える。文学への熱い想いを抱えながら、率直に身を捧げる方へと舵を切れない、どっちつかずで、素直に抱きしめられない。実家の仕事や、文士としての自分の評価も関係したのだろう。

ミホさんの父方は代々巫女を務める、地元の名士であるらしい。他方で母方はカトリックで、ミホさんも子供の頃に洗礼を受けている。どこか霊的なところがある家のようだ。

2人が出逢ったのは、1944年11月。つまり、絶対国防圏とかいう、もしそこを守れなかったら絶対に日本はやられるでしょうという領地を既に失っており、今や本土空襲が本格化する直前のことであったらしい。

ミホさんは国民学校の教師をしており、敏雄さんは特攻隊の隊長として奄美にやってきた。敏雄さんは島民から「タイチョウサマ」と呼ばれていたそうだ。敏雄さんにもし命令がくだったら、ミホさんは自死しようと決めていた。結局、終戦まで敏雄さんが特攻で出撃することはなかった。終戦後、2人は結婚し、2人の子が生まれる。敏雄さんが文学仲間と浮気し、ミホさんが錯乱の発作を起こす。しまいには2人して精神病院に収容されるまでを描いたのが敏雄さんの『死の棘』なのであり、面白いことに原稿の清書をしたのは、ミホさんであったという。この異様な、この独特な夫婦関係こそが島尾夫婦の物語の核心であるから、ソクーロフは『ドルチェ』というそこに存在している人たちのドキュメンタリーを、そこにいない人を呼び戻す回想から始めるのである。
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