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海辺の生と死のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

海辺の生と死(2017年製作の映画)
3.5
「死の棘」を理解するための鑑賞

夫の島尾敏雄が書いた原作「死の棘」の映画で強烈な印象を残した妻の島尾ミホが夫とどう出会い愛しあったのか、妻の著書を原作にした本作を鑑賞。あくまでも映画「死の棘」の背景となる二人と妻の狂気の元を知りたかったので、映画単体としての評価ではないです。映画単体の評価はコメント欄に。

敏雄(役名は朔)は加計呂麻島から出艇する特攻隊の隊長として赴任。ペラペラのベニヤ板で作られた小型ボート(震洋)で敵の艦艇に体当たりして爆撃する戦争末期の特攻隊員の隊長であった。

島以外の者と契りを交わしてはいけないと育った由緒ある家柄の娘ミホ(役名はトエ)は村の国民学校の教員。

明日にでも死ぬ運命にあり、文学の道を一度は志していた朔は、蔵書がたくさんあるトエの父に、本を借りにやってくる。借りた本は「古事記」。

死を前にした朔が、村人から「隊長さま」と慕われ、人のぬくもりに触れ、知的な娘トエと惹かれあっていく。

「死の棘」で見せた狂気を満島ひかり演じるトエ(ミホ)には感じられない。むしろ、愛情深く慎ましやかで、寛容な女性に見える。朔(敏雄)は、誠実で、トエから尊敬されており、絶対の信頼を置かれている。これはミホから見た二人だ。

その10年後が、あの姿なのかぁ…
永山絢斗の後ろに岸部一徳が見え隠れした。

「死の棘」でミホが夫しか愛した男はいなく、人生のすべてであると、浮気した夫を責め立てる。島の娘は島の掟を破って島の外の男と結婚した。離婚して島に帰れば恥さらしと汚名を被り、一族からも非難されるだろう。本土の者とは、生きている世界が違う。またカトリック信徒であった。離婚できない。帰れない、今ここしか生きる場所がない。あんなに尊敬していた夫なのに。特攻したら一緒に死のうと思っていたから、命を分けた自分自身でもある。

一方、敏雄は覚悟していたのに、死に切れなかった。既に死の間近まで行ってしまった。生きていた元の道に戻れなかった。半分死んでいたのではないか。冥土とこの世の間にいた。冥土にいちばん近い島にいたミホには、死の匂いがしていたのではないか。元の道(文学の同人誌)に近い女性と長いこと不倫していた。この世に戻るために。

ミホと敏雄が出会ったのは、死を媒介にしている。二人が愛し合い燃え上がるのは、死を前にしたときだ。だから「死の棘」に漂う「死」は二人にとって、愛しあう手段だったのだ。その魅惑的な死を超えなければ、今を生きていけない。死の誘惑は二人には甘美な愛の世界。生き返るために、一度死ぬ。ミホは敏雄に死ねという。敏雄が死ぬなら私も死ぬという。敏雄が死にたいといえば死ぬなとミホが止める。

新しい過去を作らなければ、と二人は進むべき道をわかっていた。敏雄の現実は地獄にいることをミホは知っていた。

「死の棘」を理解するのに有意義な作品でした。原作読むべきでしょうが。「死の棘」はもう一度観たいと思いました。
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