物作りの歴史において、偉大な作品にはどこか「魂が宿った」かのように感じられることがある。作られたその「物」を前にすると、単なる紙と絵の具や、彫られた石などがあたかも魂があるかのように観る者を揺さぶる。美術館や博物館は、そんな作品に出会える場所として今も昔も多くの人で賑わっている。
さて、今作は美術館の話でも、物作りの話でもない。歴史に名を残す1人の男の話だ。ナチス・ドイツによるヨーロッパの支配に対抗し、連合国の勝利に貢献したあのポッチャリ・ピースおじさんだ。
ポッチャリおじさんのこの映画は、第二次世界大戦中、自国が劣勢に立たされてる中、首相を押しつけらる部分から始まる。映画冒頭、色彩を抑え、外部の自然光が差し込む国会議事堂の画作りから、質実剛健、煌びやかさより渋さを好む英国らしさを感じられた。
しかし、この映画の魅力は何よりもゲイリー・オールドマン演じるポッチャリ・ピースおじさんなのだ。変装の名人、シャーロック・ホームズもびっくりな特殊メイクでゲイリー・オールドマンがチャーチルになりきっている。
このなりきり感は単なる名演技というのを超え、上述したように「魂が宿った」かのように感じるほどのクオリティなのだ。目線の泳ぎ、口のぱくつき、葉巻の持ち方、声の質、裸(足)でひたひた歩き回る姿までどこをとってもそれは本物(殆どの人は本物のチャーチルを観たことはないのはわかりつつ)のチャーチルがそこにいると思わせるほど。
緊迫する国際戦時情勢に慌てふためく政治家の中において、チャーチルは大決断をしなければならないが、その決断に至るまでの本人の迷いや苦悩、言葉だけでは説明しきれない僅かばかりの機微を演技で魅せてくれた。むしろ、映画だからこそ、演技だからこそ、オールドマンだからこそ、チャーチルの魂を感じられた、と言ったほうが正しいのかもしれない。
チャーチルの政策に最後まで対抗する嫌な役柄を演じたスティーヴン・ディレイの、面倒くさく手強いタイプのキャラクターのなりきりっぷりも良い。
『ゲーム・オブ・スローンズ』でも似たような面倒な手強いキャラ、スタニス・バラシオンを演じてたディレイ。オールドマンとディレイ演じる、渋い英国おじさんの演技合戦も見ものだ。
少し残念だったのは、チャーチルの前の首相役に実はジョン・ハートが当初キャスティングされていたということ。彼がそのまま演じていてたらもっと凄い作品になってただろうな、と。
とはいえ、ゲイリー・オールドマンが存命の今、この作品を観れる僕達は幸せだと思う。