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アネットのしのレビュー・感想・評価

アネット(2021年製作の映画)
3.9
映画を駆動する語りの起点を運動からミュージカルに(つまり、既に成立することが実証されている歌唱へと)切り替えようとしたものの、本来は台詞としてそのまま語られることで問題なかったはずの言葉が、リズムに出会ったという事実以上になんらアップデートされなかった、むしろ単純化/反復の中で意味性は劣化/陳腐化したという点で、このミュージカルのフォーマットを使ったのは問題だと思う。確かに映像として切り出すならば、特にスーパーボウルのシーンなどを映画史に残る衝撃的なシーンとしても良いかもね、といったところだけれど、それでも映画の悦びはあくまでも連続するシーンの蓄積によって偶発的もしくは確信的に生まれるダイナミズムにあるのだと信じている自分からしてみると、本作はその断絶のみが強調され、映画の終焉に立ち会ったかの様な印象を受けて絶望的な気持ちになってしまった。

妄想と現実が等しく負荷を持ち、互いを侵食する様なとても個人的な現状認識を安定的に表現してのけたということに関しては賞賛に値すると思う(客としてこれを求めてはいなかったけれど)。また、個人的には、このカラックスのあまりにも素直で真摯な姿勢を間違っても「衝撃」「恐るべき」とか陳腐な言葉で誤魔化す人間が今後わんさか湧いてこないことを祈るばかり。
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