ツクヨミ

アネットのツクヨミのネタバレレビュー・内容・結末

アネット(2021年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

ディゾルブの多様による映像が楽しいミュージカル風ロックオペラ。
舞台コメディアンのヘンリーは人気オペラ歌手アンと熱愛交際中。そんな2人はいつの間にか結婚し子を設けるが…
レオス・カラックス監督作品。2021年カンヌ国際映画祭にて監督賞を受賞した本作は、ディゾルブによる編集力が凄まじい新感覚ミュージカルだった。
まずオープニング、真っ暗な画面で不穏なBGMとそれに呼応するような赤い音波の振動から映画は始まった。"呼吸を止めてご覧ください"という監督の声、そして流れるようにスタジオの"スパークス"とレオス・カラックス監督本人がスパークスの演奏を眺め「さあ映画が始まるよ」と言う様にキャストが集まってくる展開にびっくり仰天。映画本編と現実の境目が曖昧すぎる脅威のオープニングに痺れる、こんな始まり方は初体験だ。
そして始まる本編、結論から言ってしまえば今作は主人公ヘンリーの栄枯盛衰を描いたドラマだと感じた。人気オペラ歌手アンを愛した末に彼女と結婚、仕事であるコメディ舞台も順風満帆でいつも舞台観客は大爆笑。仕事もプライベートも大成功な前半はなかなかに楽しく見られる。しかし妻アンとの関係が悪くなりアンが死んだ後から始まる悲哀の物語はなかなかに寂しい。コメディアンとしはやっていけなくなり、次第に娘アネットの奇跡の歌声を金目的に利用するようになってしまう。そして徐々に罪を重ね終いには裁判を経て投獄されてしまうヘンリー、彼の人生はまさしく栄枯盛衰だった。
また今作は映像としてなかなかに楽しく美しいビジュアルに溢れていた。それは何度も使われるディゾルブ編集に関して顕著で、特にヘンリーが夜にバイク走行するシーンに妻アンのビジュアルが乗っかるディゾルブがなんとも美しい。映像と映像を重ね合わせるスタイルを尊重し、時には3つも4つも映像を重ね合わせる手法には驚かざるを得ないし、完成した映像は本当に見事で美しいのだ。個人的にディゾルブ編集の名手はフランシス・フォード・コッポラ監督ぐらいだと思っていたが、今作を見てレオス・カラックス監督も素晴らしいディゾルブ編集技術を持ち合わせていると認識させてくれた作品だった。
また今作は全編"スパークス"というバンド演奏による脅威のミュージカル風ロックオペラだ。鑑賞する前にロックオペラと言われて頭に?マークが浮かんだのだが、いざ鑑賞してみるとたしかにロックオペラと言わざるを得ない音楽に魅了された。その手法としてはジャック・ドュミ監督によるミュージカル映画"シェルブールの雨傘"を想起させるぐらいの9割台詞がミュージカル調で、圧倒的ミュージカルパワーが凄かったことだと言えるだろう。主人公ヘンリーと妻アン.娘アネットに留まらず彼らを取り巻く民衆たちもオペラ調のセリフを紡ぐのは驚異的だし、そのミュージカルオペラ調のなんと新鮮なことか…ミュージカル映画としてのダンス的魅力は薄いがセリフまで喰われるオペラ調歌唱は実に見事だ。
そして今作と言えば後半に顕著な恐怖演出がなんとも奇妙だった。妻アンが死んだ後に亡霊のようにヘンリーに付き纏い悪夢を見せたり、アネットの人形的ビジュアルが現実世界背景に乗ると異形感が強いのが逆に怖い。全体的にミュージカルにしては暗く悲しいストーリーにホラーのような恐怖演出を組み合わすとあそこまで奇妙さが全開になるとは。カラックス監督の作家性はまだ全然掴めていないがなかなか独創的な映画を作る監督だと認識した。
前衛的なオープニングから始まり、ミュージカルロックオペラという特殊なミュージカルを紡いだ怪作だった。ディゾルブ編集という脅威の映像力にも感嘆したが、前衛オープニングにしっかり合わせたような前衛エンドロールもあるし最後まで独創性全開な奇妙な魅力に取り憑かれた映画体験を感じられる。
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