しげのかいり

機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星のしげのかいりのレビュー・感想・評価

2.3
 デギンがギレンを批判するシーンで「ナポレオン、ヒトラー」とともに「東條」という名前が出ていたはずなのだが、東條だけ消したのは明らかに意図的だろう。政治的反発等を気にした結果なのかもしれないが、このシーンで東條を削ってしまっては、デギンの意図が不明瞭になり、たんにギレンを独裁者だといっているように見えてしまう。実際は東條を出すことで戦争のやめときが分からなくなっていった過去の戦争の教訓を指してギレンを批判しているわけである。
 基本的にガンダムの世界で語られる思想は宇宙世紀以降に出てきたスペースノイドの自治権や地球環境問題、そしてニュータイプという新しい人間のあり方なのだが、富野版ではこれらの思想は現実の、すなわち宇宙世紀以前の思想とは全く断絶しているかのように描かれている。安彦良和のガンダムオリジンの良さはこの明らかに独立している宇宙世紀の思想史を現実の思想史とつなげている点である。
 劇中、マ・クベとキシリアの会話はまさしく安彦良和のファーストに対する感覚を表現しているだろう。「スペースノイドといっても、所詮は田舎者の集まり」であると。巨大な人類の歴史の中でニュータイプの悩みなど新しいものではなく、今まで繰り返されてきた反復したものでしかないと。ではどうするべきかと言えば、やはり歴史を見て考えることも必要なのである。新しさや子供をポジティブに考えるガンダム世界の中では、マ・クベはかなり異質な存在だが、いちばん安彦良和の思想を体現しているのはマ・クベであろう。
 ガンダムに熱狂した世代はそれこそ「ニュータイプ」のように「オタク」を語り、それまでのマルクス主義やドイツ観念論の歴史から断絶した新しい歴史が始まったと考えた。しかしそれは単なる無知以外のものではない。それこそおそらく安彦良和の言いたいことだと思うが、「東條」の名を削っている時点でアニメ制作者にそのメッセージは伝わってないようである。