ラウぺ

新世紀、パリ・オペラ座のラウぺのレビュー・感想・評価

新世紀、パリ・オペラ座(2017年製作の映画)
3.8
2015年のパリ同時多発テロ後、パリ・オペラ座の2016-17年のシーズンを追ったドキュメンタリー。
約350年の伝統を誇るパリ・オペラ座は国立のオペラ・バレエの運営団体で、言うまでもなく、オペラ・バレエ界では世界最高峰の団体の一つ。現在はその象徴であるガルニエ宮と1989年に落成したオペラ・バスティーユの2か所で公演が行われています。
映画はそこで上演されるさまざまなオペラやバレエの運営の裏側に密着し、そのプロセスをコラージュ的に繋いでいきます。

歌手や運営スタッフ、ダンサーや指揮者、演出家、ステマネ、衣装スタッフ、かつら職人に至るまで、さまざまな人々の出てくるこの映画の中で最も出番の多いのが総裁のステファン・リスナー。画面の中で多くを語っているわけではないものの、オペラ・バスティーユ内のモダンな総裁室、臨場する公演や大統領などとのレセプションなど、置かれた状況やさまざま表情を追うことで、この複雑で繊細な殿堂の頂点にある人物の実像をそのままに伝えています。

一つの事件ともいえるバレエの芸術監督だったバンジャマン・ミルピエの辞任劇。
辞任か残留かで逡巡するミルピエに直接電話で態度を決めるように迫るところ、職員の削減を政府から迫られ給与の減額で組合と折り合いをつける過程などなど、よく公開できたと思える場面が次々と出てきます。

また、シェーンベルクの未完のオペラ「モーゼとアロン」の上演に纏わるエピソード。
出エジプト後、シナイ山にモーゼが籠ったことで起きる出来事を描くこのオペラは十二音技法・単一のセリー(音列)で書かれた超高難度の現代音楽で、テロ事件の後、モーゼを主人公としたオペラを上演するリスクへの言及や、あまりの難しさから通常数カ月のところを1年かけての練習風景、更には本物の牛を登場させるという大胆な演出(「十戒」を観たことのある方ならこの牛のもつ重要さは納得できるはず)・・・最高峰のオペラを上演するための妥協のない作業と新しいものに果敢に挑戦しようというスタッフの矜持の一端を垣間見ることができます。

またワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」での主役のハンス・ザックスを歌う歌手の突然の降板、子供の弦楽合奏の教室の模様など、さまざまな活動やハプニングを捉えています。
巨大な組織やプロジェクトにありがちな運営を巡るトラブルや困難は普遍的問題ですが、そのひとつ一つを克明に描くというより、多くの要素をマスとして描くことで、かえってその立ち向かうべき事業の難しさが際立って見えてきます。「一を聞いて十を知る」といいますが、表層だけを追ったドキュメンタリーとは違い、核心に迫る決定的場面を繋いでいるからこその説得力といえるでしょう。

オペラ座そのものに興味のある人はもちろん、舞台芸術全般に興味のある人、巨大組織の裏側を見てみたい人にも必見の映画だと思いました。
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