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女王陛下のお気に入りのmOjakoのネタバレレビュー・内容・結末

女王陛下のお気に入り(2018年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます


これは面白かったですね〜。個人的には暫定ですが今年ベスト級だと思います。

舞台は18世紀初頭、フランスとの戦争下にあるイングランド。アン女王時代の王室の中で幼馴染でもあるレディ・サラが女王の側近として権力を握っています。そこにサラの従姉妹で没落貴族の娘であるアビゲイルが使用人として雇われることに。初めは白い目で見られるアビゲイルでしたが徐々にサラやアン女王の信頼を勝ち得ていき、しだいにサラをも脅かす存在になっていくと。

あらすじを見てわかる通り大奥的な宮廷愛憎劇の面白さは十分にありつつ、ヨルゴス・ランティモス監督の非常にブラックなテイストがさらにエッジを効かせています。例えば音楽。多くのシーンはサスペンスを盛り上げるように弦楽器中心のいわゆる宮廷劇でかかりそうなクラシックがあえて使われてるんですが、一部重要なシーンになると一定のリズムを刻みながらもそこに不協和音が混ざっている様な気持ち悪い音が流れたりする。そしてそれ以上にこの映画独特の気持ち悪さを感じさせるのが、時折挟まる魚眼レンズでの撮影。宮殿の広い床や天井が異常に歪むレンズで監督が表現したのは、恐らくそのままの意味。人間やこの世界はそもそも酷く歪んでいるものであると。

その歪みを最も象徴する存在としてアン女王がいて、彼女は女王でありながら大変な肥満で痛風の痛みに苦しみ自分では歩く事さえもままならない。何より自分では政治的な判断は何一つ出来ず、彼女の行動原理の全ては自分の寂しさやコンプレックスを埋める為であるかのように描かれます。一方で周囲のキャラクターも全員等分に歪んでおり、サラは超絶な毒舌として女王をアナグマ呼ばわりするし(それが後半への布石になってるのも見事)アビゲイルはこれまでのエマ・ストーンからは考えられないくらい腹黒く描かれる。そして男たちは揃いも揃って滑稽なド派手メイクでアホ面を晒す無能としてしか描かれません。
お気に入りの座を巡る骨肉の争いは結局アビゲイルの勝利に終わりますが、あれだけ切れ者として描かれたアビゲイルが権力を手にした途端男たちと同じ化粧をしてるのは彼女もまたこの世の歪みに取り込まれたから。そして恐ろしいのは宮廷内の歪みはそのまま世界の歪みに通じ、アン女王の気まぐれな選択によって世界の命運が決まっていく訳です。大変意地悪にデフォルメしてるけどこの話は歴史的事実であり、それは時代が変わっても変わらない人間の本質なんじゃないでしょうか。

そして個人的に衝撃を受けたのはラストシーン。アン女王に残されたものは亡くした子供の代わりに飼っているうさぎ達と本音も語らずうわべだけの気休めを投げかけてくるアビゲイルだけ。アビゲイルはアンの命を踏みにじり、アンはアビゲイルの尊厳を足蹴にする。これから先は互いに憎悪だけを残した空っぽの関係性が続く事への苦悶の表情で映画は終わるわけですけど、アン女王には最後の最後に引き返せた瞬間もありましたよね。サラが最後にアンに呼びかけた時に心を開き扉を開けていればきっと違う未来もあった。でもこの映画が凄いのは少なくともあの時点ではアン女王同様観客も、この扉を開けてサラを呼び戻すことが事態を悪化させることに繋がるのではと思わされてしまうこと。一瞬の判断、一瞬のすれ違いが一国の運命と恐らくはアン女王の人生全てを悪い方に変えてしまったという話でなんとも恐ろしい余韻を残す映画だなと。そしてその必ずしも正しい選択が出来るとは限らないという恐ろしさは我々の実人生にも潜むものなんじゃないかと思います。
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