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世界で一番ゴッホを描いた男のmidoredのレビュー・感想・評価

5.0
ゴッホの複製画を20年描いてきた画工と工房のドキュメンタリーです。予想以上に面白い作品でした。

生活の手段として、ドライに割り切って複製画を量産しているのかと思いきや、実はだれよりも純朴にゴッホを崇拝している先生。気づいたら生き様までゴッホに近づいてゆく。まるでゴッホが乗り移ったよう。

オリジナルをやるぞ!とゴッホ風のタッチで描かれるオリジナル作品の奇怪さ、素朴さが印象的でした。一体どこに行ってしまうんでしょうか。こんなに面白い展開、フィクションではあり得ないとすら思いました。

芸術家の情熱や執念とも違う異次元のエネルギーを感じました。これはきっと生活のエネルギーなのでしょう。

彼らの作る作品自体はいわゆる「アート」とは言われません。二束三文で売買されます。それでも誰かの家に飾られて、その生活の一部となるわけで、その意味では、例え複製画であっても、絵としての生命を有していると言えます。

例えば、お爺さん家のトイレにはブラジル旅行で買った絵が何十年も飾ってあったりします。もはやお爺さん当人ですら飾ってあるのを忘れてる。でもそこにないと寂しくなる。そうした生活の中に生きる作品です。

だいたい、今でこそ金塊のごとく扱われる西洋古典絵画も、工房で弟子を大量に抱えて量産したうちの一部です。しかも多くの作品は美術館や金庫にしわまれるのではなく、誰かの家で生活の一部となるべく飾られました。

だから今持て囃されなくたって、中国のゴッホ複製画職人だって、昔の画家と同じアーティストなんじゃないかと。もちろん、金持ち相手の大工房ではなく、大衆相手の商売ですが。これはもう大津絵や浮世絵に通じる現代の民俗画なんじゃないかと、そんなことすら考えました。

さぞかしあの世のゴッホもびっくりしてることでしょう。芸術とはつくづく不思議な物です。お墓に備えられた、心づくしの中国製タバコが目に染みました。
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