まぬままおま

希望のかなたのまぬままおまのレビュー・感想・評価

希望のかなた(2017年製作の映画)
5.0
アキ・カウリスマキ監督作品。

カウリスマキ監督作品の常連であるカティ・オウティネンは出演しているし、『街のあかり』のマリヤ・ヤルヴェンヘルミも出演している。さらにあの「コイスティネン」も。前作を知っているとより楽しめるが、本作からカウリスマキ作品をはじめてみても全く問題なし!!!面白いし、笑えるし、素晴らしい!!!もっとカウリスマキ作品は知れ渡ってほしい。

以下、ネタバレを含みます。

本作は服屋を廃業した男・ヴィクストロムが、レストラン業に転職する物語とシリアからの違法入国者・カーリドが難民認定を受ける物語が平行して語られる。いつこの物語が交差するのか、ドキドキするが中盤になっても交わる気配がない。このまま終わるのか???と思いきや、まさかの展開と映画的奇跡によって見事に邂逅。もうこのシーンをみれただけで十分満足だし、傑作。素晴らしい。

やはり助け合いなんですよ。カーリドは炭鉱と「同化」して船で違法に密入国するのだが、それでも警察署に行き難民申請をして、正当な法的な救済措置を受けようとする。しかし難民認定をする当局は、彼の就労意思や家族の不在、貧困状態、またシリア内戦の悲惨さを知っているにも関わらず、彼の密入国ジョークに「ウケず」ー友人の唆しと彼の誤解に起因するがー、健康体の男ということで受け付けない。このように法的な保護を正しく求めているにも関わらず、強制送還されるなら市民が助け合いをしないといけないんです。

彼らの助け合いは命がけだ。保護施設の脱走や不法就労、居住の提供、偽造IDカードの製造などは全部、警察にバレたら逮捕される違法行為である。けれど彼の命が関わっているし、なんとかして助けたいその一心で行動している。日本で語られる相互扶助とは、実存の賭けられ方が全く違うし切実だ。けれど助ける彼らは別に可哀想ではないし、寂れたレストランで、思いつきで寿司を握るそんな愛すべき人々だ。

カーリドは行方不明の妹とこれまた映画的奇跡で再会し、人生が好転したように思われる。けれど移民排斥をする極右の人から差別を受けて急襲されてしまう。彼の運命は『真夜中の虹』よりさらに絶望だ。適切な医療を受けられず、自由に祖国へ行けなかったのだから。

この世界は絶望的だ。世界から戦争や虐殺はなくならない。カーリドのような状況に陥って、違法≒法外状態を生きなくてはならず、命を落とすことだってある。けれど物語を通して、シリア内戦を知ることはできる。相互扶助の精神の重大さが分かる。しかもユーモアを交えながら。そんな現実のドキュメントをしながら、希望を/で語る本作はやはり素晴らしいと言わざるを得ない。

追記
本作は演出も素晴らしい。例えば、序盤にカーリドが難民申請をするシーンで、IDをつくるために身体検査をする。その時、警察官はタイプライターを使っており、いつの時代??と思ってしまう。しかし後半、彼が偽造IDをつくるときに、若者はMacBookをつかいながら専門的なプリンターをつかうのである。この時、ローテクとハイテクの見事なコントラストが浮かび上がるから衝撃が走った。そして行政はローテクで、市民≒民営はハイテクという世俗的な感覚によるユーモアでもあるのだ。

映画的奇跡とは、ヴィクストロムが買収したレストランでスタッフが、捨て犬を拾ったシーンー調理場の衛生状態として違法行為だーと保護施設を脱走したカーリドがレストランのゴミ置き場に捨てられているシーンが連続していることによる。
シーンを飛んで、その後レストランに警察がやってきて、違法に雇われているカーリドが女子トイレに匿われる。その時、掃除機の電源がオンのままで、吸引音がずっと鳴り響いている。カーリドよ、オフにしろとツッコミたくなるし、その後コンセントを抜くことに成功して私たちは笑いつつ、安堵するのだが、そこも音が秀逸なんですよね。技術がしっかりしているから私たちも笑える。素晴らしい。
さらにカーリドと妹の再会も、トラックによる違法な輸送によって実現する。その際も警察によってコンテナがチェックされるアクション後に、トラック側面の隙間から現れるという素晴らしい展開になっている。この奇跡が実現するのは、演出や脚本、編集が秀逸だから起こりえるのだからやっぱり凄い。

蛇足
ニシンの塩漬けにわさびを盛り盛りにして握り寿司にするのは失敗するに決まってます。