植物学者とその妻が些細なきっかけからでっち上げの殺人事件に巻き込まれていく話で、登場人物それぞれの勘違いが事態を引っ搔き回していくドタバタが面白かった。マルセル・カルネ監督がこんな軽妙なコメディを撮ってるとは知らなかった。フランスワーズ・ロゼー出演で、植物学者がミモザを大事に育ててるという設定は、彼女の代表作である「ミモザ館」を意識したのかな。カルネ監督作品の常連のミシェル・シモンが味わい深い役で、「天井桟敷の人々」のジャン=ルイ・バローが世間から浮いた奇妙な青年を演ずる。
高名な植物学者のモリニューが、完全犯罪の小説で一躍有名となったシャペルを名乗る覆面作家でもあり、彼のいとこであるソーパー司教が教会でシャペルを非難する講演をしてるというのがすでに面白い。そこに小説に殺人を誘発されたことでシャペルに復讐心を燃やすクランプスが関わってきて、冒頭の教会シーンですでに三つ巴の当事者が出揃うのが上手い。ここからモリニュー夫人に思いを寄せる司教の勘違いで、何故かモリニュー夫人が夫に殺害されたことになってしまう唐突な展開となり、世論が騒ぎ立てていくのが馬鹿げてると同時に大衆の恐ろしさ。
付け髭だけでシャペルに成りすましたモリニュー(というかシャペル本人)に、周囲の誰も気付かないというのは不自然だけど、筋書きの都合上まあご愛敬。彼がミモザを世話するためシャペルに扮装したまま自宅に戻り、そのことを新聞で知ったクランプスが自宅に押し入るところで、慌てたシャペルがモリニューに戻って二人仲良く過ごす。そのいっぽうで、クランプスが雲隠れしたモリニュー夫人に出会ってその人と知らずに恋してしまうという3人のすれ違いが見どころ。事件の真相が二転三転して、最後にモリニュー夫妻が選択する決断は結局は金のためというのが何とも笑えない結末。聖職者の俗物性も皮肉たっぷりに描かれてた。