シャチ状球体

ビール・ストリートの恋人たちのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

5.0
『ムーンライト』の監督の新作(公開当時)ということで前から気になっていたけど観るのを忘れていた映画。

差別とは何か。それは単に不快な思いをするものでも、ショックを受けるだけのものでもない。
マジョリティが当然のように持っている権利を与えられず、あるいは差別が発生した際に持っていた物を破壊され……”人知れず”人生を修復不能にされるものだ。もちろん命だって奪われる。
基本的に社会とはトップダウンな構造なので、マイノリティ性が強ければ強いほどその生活を照らしたライトの光が届く範囲は限りなく狭くなる。

この映画はファニーが無実の罪で逮捕されるという物語が主軸になっているにもかかわらず、彼とティッシュがどうやって出会い、どのように関係を深め、その関係がどう相互作用しているのかをかなりの尺を使って現在のパートと交互にかつ丁寧に描いている。
それにより、この上なく完成された二人の生活が社会構造的な差別によって崩れ、家族関係にまで影響を与えていく不毛な負の連鎖をより切実に表現できているのである。

黒人であるというだけで疑われ、不当な扱いを受け、命の価値をジャッジされ、衣食住の権利を制限され……そんな状態が続くと憎しみに駆られてしまうのも、その先に平和がないのが分かっていてもその前にも平和がないかもしれないと思うのも分かる。

白人男性の香水の嗅ぎ方だけでマジョリティ性を見せているのがとても巧い。ふとした仕草で、その人が自分と他人の間に存在する権力勾配をどのように捉えているのかを伺える。そんな言語化されにくい概念を効果的に演出できてしまうのが映画というメディアの最も大きい魅力の一つ。

事態が悪化しながらもファニーを救い出そうとするティッシュや親族、そして白人の弁護士。連帯の可能性は外に広がっていて、そこには憎しみも介在しているかもしれないが……その矛先は個人ではなく制度や社会に向いている。
ラストシーンは希望と同時に……バトンが現在へ引き継がれたのかもしれない。
シャチ状球体

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