O次郎

MOST BEAUTIFUL ISLAND モースト・ビューティフル・アイランドのO次郎のネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

NYで暮らす移民の女性がトホホな目に遭う話。
「移民の悲哀」と書くと大体その情景がおおよそ想像されるだろうが、その描き方がなんとも陰鬱で、なおかつ非常に淡々と物語が進行していくので余計に観る者の心を乾かせる。

冒頭から中盤までにかけて、主人公である女性の今現在の日々の暮らしぶりがじっくり映し出される。過労で鼻血を出したりと慢性的な体調不良だが保険に入れず医者にまともにかかれない、バイトは素っ頓狂な格好をしてのビラ配りや小生意気な学童の送り迎えのシッター。家は知人のアパートに居候しているものの、家賃を負担できないから張り紙等でボロクソに詰られている...予想外の展開ではないにしてももう既にこの時点で悲壮感でお腹がいっぱい。

その中でも個人的に出色の演出だと思ったのが、彼女が部屋で入浴するシーン。安普請なアパートだからか、部屋の主である主人公の知人がタイルの裂け目に突っ込んでいるビニールを何気無く引っ張ると大量のゴキブリが湯船にバタバタ落ちる。
水に浸かって手足をばたつかせながら窒息し、排水溝に吸い込まれていくそれらの姿は端的に彼女の境遇を物語っている。
他にも、両親に電話しようとしたら携帯電話の料金滞納ですぐ切れてしまう。シッター対象の子どもにアイスを買い与えた店の顔見知りの店員からお情けで貰った飴玉を、他のバイトに行く道すがらの飢えしのぎとして自分で舐める等々、ただただ貧しくひもじい。

「こんだけしんどい思いしているならいっそのこと故郷に帰れば?」と思わされるが、それが出来ない主人公の過去の遍歴を敢えて明確に描いていないのが、結果的に一昔前の連続TV小説「純と愛」のような”不幸自慢”にならない巧みなバランス感覚と言えると思う。
明示されてはいないが、母親や友人との会話から察するに、おそらくキューバの出身で若くしてシングルマザーになって自らの不注意から幼い我が娘を死なせてしまい、その記憶の呪縛を断ち切るために”希望の街”NYへ、というところだろうか。
主演のアナ=アセンシオは、美しいもののエラが張って常に眉間にしわが寄っている不安定な顔つきと、スタイルは良いものの痩せこけた身体で以って、世の艱難辛苦に心底疲れ果てている主人公にうってつけ。
それもそのはず、なんと監督と脚本も彼女なのか。

やがて友人のロシア人女性に超高額バイトを紹介され、怪しみつつも背に腹は代えられず渦中に飛び込んでいく。
怪しい地下室の一角に主人公のような金に困った美女数名が集められており、「顧客」たちから品定めされて一人一人、奥の小部屋へ連れていかれてゆく。
なんとか逃げようとする主人公も遂に部屋に呼ばれて...。

ネタバレしてしまうと、部屋に呼ばれた美女は部屋内に置かれている巨大な棺に全裸で仰向けに寝かされ、一定時間、素肌の上に猛毒を持つ蜘蛛を放たれる。
ゲストたちによる、彼女たちが咬まれずに生き残るか否かを賭ける狂った遊興だが、ゲストたちが狂喜するわけでも興奮するわけでもなく、淡々と目の前のスリルに興じる様は実に嫌なリアリティ。
展開として主人公と友人のロシア人美女のセミヌードも拝めるのだが、状況が切羽詰まり過ぎてサービスシーンには決してなっていない。

結局、何とか生き延びた主人公は一目散に会場を後にし、移動販売のアイスクリームを食べながら呆然と帰路に就くところでアッサリと終わる。
友人のロシア人美女を救うために彼女の素肌から己の素肌へと毒蜘蛛を移らせた彼女の極限状況での人間性の顕現が実に見事だと思う。

個人的には、そうまでして救った友人に「新しい娘を連れてくるまで延々とゲームに参加しなくてはいけない」という座敷わらしないし『リング』みたいなオチで裏切られて、這う這うの体で地上に出たところで己の境遇に心底絶望して目の前の橋から川に身を投げる...みたいな展開を期待したが、それだと露悪的過ぎて興醒めしてしまうか。

ともあれ、「事実に着想を得た」との前書きがあるが、物語の毒が強過ぎず弱過ぎず、程よいリアリティーの救いの無さを体現している佳作。
O次郎

O次郎