真一

シリアにての真一のレビュー・感想・評価

シリアにて(2017年製作の映画)
4.0
 内戦下のシリア市民を描いたヒューマニズム映画です。アパートの一室に閉じ籠もり、息を潜めて暮らす人々。彼らの恐怖心と葛藤を生々しく描いた、見応えのある密室劇です。戦火の下で塗炭の苦しみを受けるのは、庶民ー。この人類普遍の法則を、本作品は鮮やかに表現します。良作です。

 舞台は、銃弾が飛び交う首都ダマスカスにある高層アパート。自室を焼け出され、隣室に居候させてもらっている反体制派の記者が、決死の思いでアパートの外に出たところ、駐車場で銃撃を受けて倒れた。銃撃の瞬間は、この部屋のメイドが窓越しに目撃した。メイドは怯えた表情で、女主人のオームに一部始終を伝える。

 オームの部屋では、なにも知らない記者の妻と幼子が、夫の帰りを静かに待っている。果たしてこの惨劇を、妻に伝えるべきだろうか。もし伝えたら、妻は取り乱してアパートを飛び出し、新たな標的となるだろう。この部屋の住人たちも狙われるかもしれない。だが、伝えなければ、後に「なぜ教えなかったのか。人殺し!」と責められるはずだ。

 極限状況の下で、オームが選択したのは「妻に伝えない」だった。メイドに口止めするオーム。賽は投げられた。非情の運命が一人一人にのしかかるー。ざっとこんなあらすじです。

 本作品は、具体的なシリア情勢を一切取り上げません。「アサド大統領」も「自由シリア軍」も「イスラム国(IS)」も出て来ません。誰が撃ったとも分からぬ銃弾に怯え、命乞いをする市民の表情を通じ、淡々と暴力と戦争の恐ろしさを浮き彫りにしていきます。そこが、この作品の持ち味だと思います。

 物語はやや起伏に欠けますが、内戦のリアルさは十分に感じられます。「いざ戦争に突入したら、国も軍も誰も守ってくれない」ー。日本がかつて沖縄地上戦で経験した教訓を、本作品も伝えようとしています。一見の価値がある一本です。 
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