りっく

予兆 散歩する侵略者 劇場版のりっくのレビュー・感想・評価

4.3
黒沢清自身が会話劇として挑戦したという「散歩する侵略者」はピンと来なかった身として、そのスピンオフである本作は、改めて黒沢清作品のこういう部分が愛おしくて仕方がないということを再認識した、黒沢清作品の記号やモチーフが隅々まで満ち溢れた傑作である。

黒沢清はそもそも、何かヤバいことが起こりそうであるという世界の歪みや、彼岸と此岸が繋がってしまったような気配を、美術、撮影、照明、編集、演技という映画を構成するあらゆる要素を用い、それらの若干のズレや違和感というディテールの積み重ねによって、観客の興味を永遠に持続させられる稀有な映画作家である。だからこそ、予兆や予感を描かせたら右に出るものはいない。

中央にわざわざ柱がある部屋に、空洞だらけの食器棚。なびく白いカーテン。がらんとした病院の廊下に、診察室とカーテンで仕切られたベッド。作業場と扉で仕切られた倉庫。そんな黒沢清的な空間を、わざわざ柱や扉越しに撮ることで、傍観している感覚に陥ると同時に、何が存在するか分からないカメラの後ろの空間を意識せざるを得ない。だからこそ、終始緊張感が持続していく。

そんな空間の中に佇む俳優たちも素晴らしい。特に宇宙人である東出昌大の初登場シーンは白眉であり、病院の待合室で腰掛ける夏帆を映し、廊下をぐるりと取り囲むように設置されている手すりの赤色を舐めるように撮り、鏡に映る夏帆を大写しにしたところで轟音が鳴り響き、カメラは誰もいないのに開く自動ドアの不穏な空気に反応したかのようにパンし、その後絶妙な時間をおいて東出昌大が入ってくる。何も説明されていないにもかかわらず、夏帆が最初に感じる東出昌大への違和感を観客も共有することに成功したまさに職人芸である。

後半は脚本に高橋洋が加わっているからか、分かりやすいホラーサスペンス調になっていくが、工場でのクライマックスで本作のヒロインである染谷が右手の激痛に顔をしかめる中で光る包丁を持つ場面と連動するが如く、ハードボイルドな装いすらある本作のヒーローである夏帆は左手に拳銃を握りそれを鈍く光らせる。この「右半身を使わない演技」に顕著なように動作の連動、伝染する演出によって夫婦の関係性を描いたのも見事。そこを言葉で伝え合うラブストーリーと着地した「散歩する侵略者」との一番の違いである。
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