HAYATO

ファントム・スレッドのHAYATOのレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
3.6
2024年331本目
洗練を極めた世界での駆け引き
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソン監督×ダニエル・デイ=ルイスが2度目のタッグを組み、オートクチュールの仕立屋と若きミューズの禁断の愛を描いたラブストーリー
21世紀最高の俳優の1人であるダニエル・デイ=ルイスが7年ぶりに銀幕に帰ってくるという驚きのニュースが目に入ってきたので、彼が出演を機に引退宣言をした作品を見てみた。
1950年代のロンドンで活躍するオートクチュールの仕立て屋・レイノルズ・ウッドコックは、英国ファッション界の中心的存在として社交界から脚光を浴びていた。ウェイトレスのアルマとの運命的な出会いを果たしたレイノルズは、アルマをミューズとしてファッションの世界へと迎え入れる。しかし、アルマの存在がレイノルズの整然とした完璧な日常が変化をもたらし・・・。
世界3大映画祭の監督賞を制覇したポール・トーマス・アンダーソンの長編第8作にあたる。主人公・レイノルズ・ウッドコック演じたダニエル・デイ=ルイスは、3度のアカデミー賞主演男優賞に輝く名優。本作への出演にあたり、彼は撮影前に約1年間ニューヨーク・シティ・バレエ団の衣装監督も務める裁縫師のもとで修業を積んだそう。共演は、『オールド』のヴィッキー・クリープス、『人生は、時々晴れ』のレスリー・マンヴィル、『ダージリン急行』のカミーラ・ラザフォード、『ジェーン・ドウの解剖』のジェーン・ペリー、『アラジン』のバーン・コラコなど。ヒロインやレイノルズの顧客である上流階級の女性たちが着る優雅なドレスは、PTAの全監督作品を手がけている衣装デザイナーであり、『アーティスト』でアカデミー衣装デザイン賞を受賞したマーク・ブリッジスがデザイン。
本作の最大の魅力は、やはりPTAの緻密な演出。何かしらの大きな出来事やドラマチックな展開を期待させながらも、実際には非常に静かで心理的な駆け引きに重きを置いた本作。舞台となるのは主にレイノルズの仕事場や彼の家の中という限られた空間であり、登場するのもレイノルズ、アルマ、そして彼の姉・シリルという少数のキャラクターだが、彼らの間で繰り広げられる駆け引きはとても濃密。レイノルズ、アルマ、シリルの三者間のパワーバランスの変化が見どころとなっており、冷静で統率力のあるシリルがレイノルズのビジネスパートナーとして彼の生活や仕事を管理している中、アルマがレイノルズの人生に入り込むことで、アルマとシリルとの間に微妙な競争が生まれる。しかし、それは決して明白に対立するわけではなく、視線や些細な行動によってそれが暗示されるに留まっている。
アルマとレイノルズの関係は、一見すると愛情深くも思えるが、その実、非常に異常で歪んでいる。ストーリーが進むにつれて、彼らの関係は従来の「愛」や「ロマンス」の枠を超え、共依存や支配の様相を帯びていく。アルマがレイノルズに毒キノコを与える行為はその最たる例で、彼女はレイノルズを一時的に弱らせることで彼を自分に依存させ、2人の関係を修復しようとする。これがまさに本作の異常さを際立たせる重要なポイントであり、「愛」の概念をひねり倒したサスペンスとしての側面を持っている。
本作のラストでレイノルズとアルマが選んだ道は強い印象を残し、レイノルズがアルマの毒キノコに自ら進んで口をつける姿は、2人の間に存在する支配と服従の歪んだ愛の形を明確に象徴している。レイノルズの「腹が減ってきた」というセリフは、単なる狂気として解釈することもできるが、同時にそれは2人が互いを必要とし合う極めて歪んだ愛情の証でもある。このエンディングは、観る者に彼らの関係をどう捉えるかを問いかけ、愛とは何かを再考させる挑戦的なものだった。
正直、ダニエル・デイ=ルイスを復活させられるのはPTAかマーティン・スコセッシしかいないと思っていたけど、息子さんときましたか。とにかく楽しみだな。
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