MASH

暁に祈れのMASHのレビュー・感想・評価

暁に祈れ(2017年製作の映画)
4.5
この映画の主人公であるビリー・ムーアの自伝の映画化。イギリス人ボクサーの青年、ビリー・ムーアがタイで再起を図ろうとするも麻薬中毒に。結果タイの刑務所に収監されるがそこは地獄のような場所で…、というお話。撮影の裏側などを知ると驚きの連続だが、それ以上に心の平穏とは何かを考えさせられる作品。

まず驚かされるのはそのビジュアル。刑務所を舞台にした映画は数あれど、ここまで劣悪な環境を描いたものは見たことがない。しかもこれが実際の刑務所で撮影されているというのだから驚き。「これを晒して良いのか?」というレベルだ。また、エキストラも元囚人を採用しており、どこを見ても全身どころか顔まで刺青だらけの人ばかり。そこに凄惨な暴力描写が観客に主人公が感じるのと同様の恐怖を与えてくる。

また、映画としてのスタイルも独特。どん底にいた主人公がスポーツによって再起を図るというのは定番中の定番。だが、この映画はそこがメインではない。確かに中盤で主人公はムエタイを通してどん底から抜け出そうとするわけが、そこには『ロッキー』のような清々しさはない。どんなに変わろうともがいて一瞬の心の平穏を得ても、すぐに怒りと絶望がぶり返してくる。この主人公の不安定な精神状態が映画の中心であり、この映画を一種のカウンセリングのような映画にしているのだ。

カメラワークもリアルさを追求してなのか、激しくカメラが揺れることもしばしば。正直ムエタイのシーンでは見にくいことこの上ないので好みではないが、その分ドラマ部分での静かなカメラワークがより強調されている。特に刑務所での荒々しい映像からの、ラストでの主人公の決断。主演のジョー・コールの眼の光、そして音の使い方も相まって、心の平穏を得ることがどれだけ難しいか、そしてどれだけ人生において大切かをセリフなしで伝えてくる。

てっきり胸が熱くなるような映画だと思っていたが、観るのも辛くなるような描写の連続、変わろうともがきながらも消せない怒りと絶望、そして静寂を手に入れるまでの物語。安易なアンダードッグの物語にせず、心の問題を扱った映画にしていたのが僕の心に刺さった。ラストの演出はあまりに憎いと思ったが、僕が人生で望むのはあの瞬間なのかもしれない。
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