海老

未来のミライの海老のレビュー・感想・評価

未来のミライ(2018年製作の映画)
4.4
面接官「始めましょう。まずは仕事の説明から。この仕事は言わば現場総監督です。責任は非常に重く、大変に重労働。多くのスキルも求めます。そして勤務は週に7日の365日。休みはありません。え?勿論、合法ですよ。そして報酬ですが、申し訳ないがゼロです。この仕事に対価はありません。
あり得ないって?でも、今もこの職に就いている人が実在すると私が言ったら?

知りたいですか?

その仕事はね、『母親』ですよ。」

これは母の日のキャンペーンにアメリカで制作された映像であり、本作とは関係ありません。本作を鑑賞後に急に思い出したのも、本作において育児の大変さと感動を呼び起こされたから。

僕は、この映画をずっと大切にしたい。

自身の境遇に準え、響くものが有りすぎる故、フェアな視点で評価することは無理かもしれない。なので僕のレビューはおそらく参考になりません。映画を通じた僕の体験に近いかもしれないし、独り言かもしれない。それでも良ければお付き合いください。

冒頭の設問の背景に含まる意味は、母親の偉大さ、大変さである事は言うまでもありません。保護の象徴としての母親という言葉の先には、父親も居て然るべきです。
更に加えたいのは、育児とは決して綺麗事に収まらないと言う事。

親は育児のプロではありません。子供が5歳なら「父親」「母親」も「5歳」なんです。悩み、傷付き、感情的な言葉を出しては自己嫌悪に陥り、泣いて後悔する事もザラ。順風満帆なんて只の幻想。親が子供に怒声を上げるのは、愛情が足りないからではありません。365日無休で無給の役目を必死に果たそうと、地べたを這う気で闘っているのに、心に余裕があろう筈も無いんです。

そして男は女性には勝てません。育児に参加する男性を「イクメン」と称する向きには正直、眉を顰めていまして、それはイクメンじゃく「父親」だろうと考えます。親が子を育てるのは当然であり、女性だけの役目ではないから。それでも、男は女性には勝てません。それは母乳が出ないからというだけでなく、どこと列挙するのも苦しいですが、父として家族を支える自負があったとて、心の何処かに負い目を抱くのは常。それは僕も同じ。

本作においては、幼児の「くんちゃん」視点で家族の生活が描かれます。綺麗事ばかりではない苦悩の数々は、今の僕には同調する部分が多すぎる。
気が張っていて、怒りたくもないのに怒ってしまう事。感謝をよそに文句が出てしまう事。そんな妻の顔色を伺って強気に出られない事。子供に対して余計な事はするなと言ってしまう事…。
そして、くんちゃんは、妹の為にと空回りした挙句、赤子に翻弄される両親の恐ろしさに耐えられずイヤイヤの殻の中へ。

とても苦しい。映し鏡のようで観ていて辛いとさえ思うほどに。
これら家族を「キャラに魅力が無い」と捉えてしまうのも無理ない事でしょう。この家族に自身を投影してしまうのは、僕が今、多くの共通項を持っているから。しかし何度も言うように、育児は綺麗事でない。外から見た魅力なんて無くて当然かもしれない。

そんな中にあっても、不思議な体験を通して「ほんの少し」ずつ新しい成長に触れて行くから、その経験を尊く思えるんです。簡単には好転しないのも当然で、貴重な体験を経てもくんちゃんの我儘は直らない。当然でしょう。少しずつのことを覚え、少しずつ大人になっていくのだから。
耐えない苦労と苦悩の中で、微かな希望の光と優しさに色付いていく。それは物凄く報われたかのように思え、気が付けば何気ない会話の一幕を見守り、涙する自分に気付くんです。

「子供は凄いね。急にぽんっと出来るようになるんだからさ。」

その経験は僕も何度もしてきました。その経験があるから、尚更に涙が湧き上がるのが止まらないのです。


…………子供って、凄いんです。

ある時僕は、仕事も家族付き合いも思い通りにいかず、困窮する感覚に追い詰められていました。努めてその様子は家族に見せまいとしていたつもりでしたが、子供には何かが伝わってしまうのでしょう。
椅子に座っていた僕に歩み寄ってきた娘が、急に僕の頭を小さな腕で包み込み、こう言うんです。

パパは頑張っているよ。
パパはいい子だよ。
大丈夫だよ。

気が付けば、自分の娘の胸に顔を埋めたまま、ポタポタと涙で床を濡らしていることに気付き、娘は一生懸命に僕の頭を撫でていました。

支えている筈が、いつのまにか支えられていると言う事に気付き、驚き、救われた心地に満たされたものです。


最高じゃないけど、最低でもない、まぁまぁの家族。それでいい。十分に幸せになれるから。

分け合う為に妹に手を差し伸べ、「ほんの少し」だけお兄ちゃんになったくんちゃんの物語はここから始まる。
嫌というほど一緒に過ごし、家族を育む彼らと、僕はいま同じラインにいる。

ともに育っていきたいと願う。

僕は、この映画をずっと大切にしたい。
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