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マルクス・エンゲルスのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

マルクス・エンゲルス(2017年製作の映画)
4.0
『資本論』全三巻を4年近くかけて読破した哲学のお勉強仲間がみんなで見に行くというので混ぜて貰って、試写と同じくほぼ前知識ゼロで鑑賞@岩波ホール。

え!? 監督はアップリンクで公開中のドキュメンタリー『私はあなたのニグロではない』の監督ラウル・ペックなの?

え!? ラウル・ペックってアフリカ系でハイチ出身、2010年からはフランス国立映画学校FEMISの学長なの?−−−−FEMISの前身のDHECは故・高野悦子さんが留学したところ。

え!? マルクスの妻のイェニーに扮しているのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督『ファントム・スレッド』で主役のダニエル・デイ=ルイスと喰うか喰われるかの〝愛の争闘〟を演じて渡り合ったヴィッキー・クリープスじゃん!−−−−今作でも穏やかな包容力プラス知性的で新鮮な個性。

え!? 若きマルクス役の男優さんはピレ・アウグスト監督『リスボンに誘われて』でポルトガルのカーネーション革命を準備した女性闘士(メラニー・ロラン)にフラれた同志役だった人なんだ!−−−−マルクスというともっぱら晩年の白くなったヒゲの写真のイメージが一般的だから、このキャスティングは悪くない。

一方、若きエンゲルスとその事実婚の妻メアリー・バーンズは全然知らない俳優サンたちだったけれど、さすがに「女性の世界史的敗北」を考察した『家族・私有財産・国家の起源』を書いただけあって、この妻にしてこの夫ありの素敵なカップル!−−−−メアリー・バーンズについてもっと知りたい! 

え!? 血気はやるマルクスとエンゲルスに対して大人なプルードン役はオリヴィエ・グルメじゃない! うーん、私としてはもっとバクーニンの出番があって欲しかったな・・・・・・。

などとミ〜ハ〜している私を除いて、一緒に見たお仲間たちの反応がイマイチはかばかしくなかったのは、「西欧諸国でマルクスを主人公に描いた初の長編映画」(ペック監督インタビュー)でもあり、どう受け取っていいか、とりあえずは戸惑いの方が大きかったのではないかしらん。

だって、神の子イエスが2000年の世界史をどんなふうに左右してきたかとか、預言者ムハンマドが今後の世界史になおどんな影響力を振るうことになるのか、とかと同じくらいに、今年生誕200年のマルクスの思想を人類史にどう位置づけるかは巨大な未知のテーマだもの。

ただ、私たちの哲学のセンセは、宗教と哲学を〈物語〉と〈概念〉による言語ゲームとして区別する。唯一神からの啓示を受けたイエスの共同体(キリスト教徒)とイスラム共同体(ムスリム)は相交わることがないが、哲学の公共のテーブル(アーレント)は万人に開かれている。「マルクスの思想から生まれた教理が世界にもたらしたこと、20世紀的世界秩序の崩壊に対して、責任や罪悪感を抱くことなく考える時が来たのだ」と語るラウル・ペック監督は、そのことを踏まえてこの作品を世に送り出したのだろう。
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