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アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語のodyssのレビュー・感想・評価

4.0
【帝政ロシアの終焉】

トルストイの有名な長編小説の映画化。

これまで何度も映画化されていますが、この作品の新趣向は、アンナの不倫・死から30年を経た時代から始まるということ。
アンナの不倫相手だったヴロンスキーが、日露戦争に出征して負傷します。そしてその彼の診察をするのが、アンナの息子だという設定になっている。アンナの息子は母の不倫事件の頃にはまだ幼かったのですが、30年後の今は医師として戦場に来ているのです。

そして偶然出会った二人が、30年前の事件を語る、という展開です。むろん、主としてヴロンスキーの視点からということなのですが。

日露戦争は1904年に起こり、1905年に終わっています。
10年後の1914年に第一次大戦が起こり、その末期である1917年にロシア革命が起こる。
帝政ロシアは崩壊し、共産主義国家・ソ連が成立します(正式の成立は1922年)。
つまり、日露戦争は帝政ロシアが終わろうとする頃の戦争だったわけですね。或いは、終わりを早めた戦争だった。

この映画の主人公アンナは、皇帝やその親戚ではありませんが、政府高官である年長の夫と暮らしている。
その不倫相手ヴロンスキーは伯爵だから貴族です。
二人とも上流階級の人間だったのです。
帝政ロシアの末期である日露戦争から、30年前、帝政ロシアの1870年代を振り返ることには、それなりの意味があるわけです。
また、1870年代はナロードニキと呼ばれる知識階級が帝政ロシアの後進性を鋭く批判していた時代でもあった。原作の『アンナ・カレーニナ』が発表されたのもその時代でした。

うがった見方をすれば、アンナの不倫は帝政ロシア社会が崩壊していく前触れだったとも受け取れる。少なくとも日露戦争の行われた1904~05年から見れば。

最近公開された『マチルダ 禁断の恋』も、皇太子ニコライの一種の不倫を扱っていました。これは実際に起こった事件だったようですけれど、ニコライはその直後に即位して皇帝になりますが、結局帝政ロシア最後の皇帝となり、ロシア革命で処刑されました。

その意味で、『アンナ・カレーニナ』と『マチルダ 禁断の恋』という2本のロシア映画が時期をほぼ同じくして公開されたことには、暗合のようなものを感じます。

時代背景のことはさておき、女は厄介だなと、この映画を見ていて思いました。
アンナが、不倫の当初は相手にかいがいしく対する「いい女」だったのが、徐々に精神的に追いつめられていくにつれ、不倫相手に理不尽な対応をするようになっていく変化がうまく捉えられています。

ロシアでは、或いは西洋では一般に、上流や中流上層の男はどんなことがあっても婦人には手を上げないということになっているので、男の側としては女がいかに我が儘に振る舞っても辛抱するしかないのですが、貴族でも上流でもなく西洋人でもない私だったらアンナにビンタの一つも食らわせているだろうな、と思ったことでした。

なお、アンナを演じるエリザヴェータ・ボヤルスカヤも美人ではありますが、ヴロンスキーを演じるマクシム・マトヴェーエフが非常に端正な美男。このふたり、プライヴェートでも夫婦なのだそうですが、女のほうから先に惚れたのかな、なんて余計なことを考えてしまいました。
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