SANKOU

愛しのアイリーンのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

愛しのアイリーン(2018年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

決して笑えないシリアスな状況を笑わせるというのはとても高度な技術だと思う。
これはコメディ映画ではないのだが、特に前半は登場人物が深刻であるほど笑いを誘われてしまった。
冴えないダメ男の岩男と、彼を溺愛する母ツル、呆けが始まってしまった父源三。
とにかくグダグダな彼らの家族関係が傍目から見るとおかしい。
ツルは二言目には岩男に結婚しろとぼやいているが、岩男は40を過ぎても独身なままだ。
そんな彼を同僚の愛子が食事に誘う。実は岩男も彼女に好意を持っていたらしい。
このまま二人の仲は急接近するかと思われたが、どうやら彼女は誰とでも関係を持ってしまうような尻軽女だったらしい。
岩男は「本気になられると困るの」と愛子に突き放されてしまう。
両親にも散々なじられた岩男の中で何かがプッツンしたらしく、彼はそれっきり家を飛び出してしまう。
その後、源三の葬式にフィリピン人の妻を連れて戻ってくる岩男の姿には笑ってしまった。
が、その背景にあるものは決して笑い事ではない。
岩男は高額の金を支払ってフィリピンのお見合いツアーに参加したのだが、これは乱暴な言い方をすれば人身売買のようなものなのだ。
もちろん合意の元に行われるのだが、貧しく親や兄弟を養わなければいけない娘にとってはそれ以外の生き方の選択肢はない。
岩男は毎月仕送りをすることを約束し、アイリーンを連れて日本に帰ることになる。
が、良く考えもなしに「この娘でいいです」と決めた相手とすぐに夫婦の関係が築けるわけがない。
さらに二人の前には言葉の壁がある。
ツルはアイリーンを虫ケラ呼ばわりして散々嫌がらせをする。
それでもめげずに岩男とツルに寄り添い続けるアイリーンの姿が健気だ。
片言の日本語を喋っていると馬鹿っぽく見えるアイリーンだが、実はものすごくしっかりした考え方の持ち主なのだということが分かる。
そして彼女はとても愛情深い。
愛のある結婚ではなかったが、それでも二人の間には少しずつ愛情が芽生えてくる。しかしこれは様々な問題を乗り越えて二人が本当の夫婦になっていく様を描くような、そんな生ぬるい作品ではなかった。
ヤクザ者の塩崎は自身もフィリピン人と日本人のハーフなのだが、これまで散々屈辱を味わってきたらしく金でフィリピン人を買う日本人を憎んできた。
彼はフィリピンパブで行われる売春と、欺瞞的な行為である国際結婚とどこが違うのかとアイリーンを問い詰め、彼女を岩男の元から引き離そうとする。
実は塩崎がアイリーンを連れ去るためにツルも一役買っていた。
彼女はそれを息子のためと信じて疑わない。
岩男はアイリーンを助けるために銃で塩崎を撃ち殺してしまう。
アイリーンは塩崎の心の痛みにも触れていたのだが、岩男と一緒になるために彼と共に塩崎の死体を土に埋める。
ここからの展開は全く笑える要素がなくなってしまった。
岩男は人を殺してまで堂々と生きられるほど図太い人間ではない。
やがて人殺しを疑ったヤクザが岩男に嫌がらせを始める。
岩男はどんどんクズ男へと堕ちていき、アイリーンにも冷たい態度を取るようになる。
岩男もどん底だが、それ以上に見知らぬ土地で誰も頼る者のいないアイリーンの方が観ていて辛かった。
ツルは相変わらず岩男には執着するが、アイリーンはごみ扱いする。
社会の闇の部分に焦点を当てた作品だけに、どうしても最後は暗い終わり方になってしまう。
ただ、これは金で買われた結婚は幸せには結び付かないというような単純なメッセージを持った作品ではないと思った。
極限の状態に置かれた人間の心理はどうしても他人には理解出ないところがある。
岩男がアイリーンを愛していたことは事実だった。
しかし彼はそれを行動で直接彼女に示すことが出来なくなってしまう。
彼はお寺の木々にアイリーンと堀り続けていた。それが唯一の彼の愛情表現だった。
そしてその途中で彼は足を滑らせ雪の中で息絶えてしまう。
岩男の死体を発見し、通報するのではなく家から布団を持ってきて彼の上にかけてあげるアイリーンの心境もなかなか想像のつくものではなかった。
あれほど罵られ続けたツルのこともアイリーンは最後まで見捨てようとはしない。ツルが岩男に執着する理由は彼女の口から語られるが、聞いていてとても心が痛くなった。
他人には理解できない愛の形。
それもおそらくこの作品が描きたかったものだろう。
しかし安田顕といい、木野花といい、どちらも凄みがありすぎて、やっぱりシリアスを通り越してもはやこれはコメディだと思ってしまった。
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