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存在のない子供たちのmaiのレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.8
ただただ茫然としてしまいました。
ゼインを巡る話はフィクションだと知りつつも、この映画の舞台は限りなく現実に近いのかなと考えると、こんなにも身動きの取りにくい辛い世界も存在してるのかと愕然としました。

ただ「可哀想な男の子」というストーリーに完結していないのが、この映画の最大の魅力です。
主人公ゼインは社会的な力はゼロですが、非力ではないです。自分の身を張って妹を守ろうとし、また別のタイミングでは赤ん坊を見捨てずに何とか暮らそうとしたり(彼がシリア人向けの供給場で「ミルクとオムツ」を一番に要求したところは、彼の強さを物語っていると思います)。

冒頭で「自分を生んだ罪で親を訴えたい」と語った彼が、そう思うに至った過程として、妹への結婚の無理強い、家出、滞在不許可者であるラヒルとその子供ヨナスとの出会い…様々な「外の世界」が彼にその思いを確信へと変えていったのだと思いました。

かといって、親を責め立てられるかというとそれも違うんですよね…彼らには彼らなりの状況があって、社会の「子は宝」を信じて疑わない、ある意味そこら中にいる親の1人でしかないんです。ゼインの言うことが真っ当ではあるけれど、その地で培われてきた風俗って人々にとって「疑いようのない真実」であるはずなので、そこを変えるのって凄く難しい……そこに一石を投じるのが、この作品なのです。

最後「世話できないなら産むな。僕を生んだ罪で訴える」とまで述べたゼインが、身分証のための写真に笑顔で応じていたことや、ラヒルがヨナスと再会できたことが何よりもの救いでした。妹の死は辛いけれど…。

でも、この映画では救いがラストに待ち受けていたけれど、現実はどうなのだろうと考えると、やはり複雑な気持ちになります。
身分証がないまま一生を終える人は大勢いるはずで、それは自分が生きたという証(出生届や身分証)もないままで亡くなる人とイコールであることを考えると、(安易な言葉かもしれないけれど)もっといい世の中に出来たらと思わずにはいられませんでした。

ゼインにとっては、両親も妹の嫁ぎ先の男も、市場でヨナスを言葉巧みに取り上げた男も、みな悪に映っていると思いますが、彼らには彼らなりの事情があり、彼らの(側からみれば心のない)行動も許されてきたのが社会なのだとすれば、それを責めたところでどうしようもないことだというのも感じました。

ゼインにちゃんとした機会(裁判や身分証)を与えてくれる真っ当なメディアや裁判所があって本当に良かったと思いました。

ゼイン役の子の演技がとにかく素晴らしかったです。気怠げな表情をしながらも、大人相手にもはっきりと見据えて話す姿、時に子供っぽさの戻る瞬間…彼の演技のあまりのリアルさに驚きました。
そしてロケーションも同様に素晴らしかったです。冒頭の荒れている路地を映したシーンから、もう引き込まれました。

もっと色んな人に見て欲しい作品です。
この作品が中国で爆発的にヒットしているというのも、この作品を見れば納得です。
辛い現実を映しつつも、ゼインの逞しさがかすかでも希望を与えてくれる…そんな力のこもった映画です。
mai

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