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バハールの涙のchiakihayashiのネタバレレビュー・内容・結末

バハールの涙(2018年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

 戦場で戦う男たちの映画はあまた作られてきたが、女性のみの戦闘員による武装部隊が生命を賭して戦う有り様がメインのテーマとして映画になったことはあったのだろうか? 将来は米軍の女性兵士を主人公にしてハリウッドがそんな映画を製作するかもしれないにしても−−−そんな時代が永遠に来ないことを!−−−、その嚆矢となる1本が、同時代のイラクのクルド人自治区で起きた事実から女性監督によって撮られたことに、複雑な思いを抱かずにはいられない。しかも、彼女たちの敵であるジハーディスト(聖戦主義者)は「女に殺されると天国へ行けない」と信じているというのだから。

 2014年8月3日、ISがイラク北西部シンジャル山岳地帯のヤズディ教徒約30万人が住む町や村々一帯を襲撃、男性は皆殺しにされ、少年たちはジハーディストを養成する学校に送られ、女性たちは捕らわれて強姦され、強制結婚をさせられたり奴隷として売られたりした。この事実をサバイバーとして広く世界に訴えたナディア・ムラドさんが2018年ノーベル平和賞を受賞したのは記憶に新しい。

 本作のヒロインであるバハールはフランスに留学していたことがある弁護士。久しぶりに家族のもとに帰省した夜にISの襲撃を受ける。夫を殺され、息子エミンと引き離され、監禁されて繰り返し性的な暴行を受けるなかで妹は自殺。何度か奴隷として転売された後、ある日、テレビでかつて大学で教えを受けたクルド人自治区の女性代議士が「必ず助けるから、なんとか私に電話して」と呼びかけるのを見たバハールはかろうじて連絡に成功し、同様に閉じ込められていた女たちと決死の脱出をはかる。

 その後、バハールは女性武装部隊「太陽の女たち」に加わり、そのリーダーシップで隊長となった。彼女は息子エミンを救い出したい一心で、先頭に立って果敢に危険な戦いに挑んでいく・・・・・・。もはや何も失うものもない彼女たちは「奴らは私たちの恐怖心を殺したのだ」と自らを奮い立たせ、つかの間の休息時には「女、命、自由」と歌うのだ。

 バハールは、エヴァ・ウッソン監督自身がクルド人自治区の前線や難民キャンプで取材した逃げ出した女性たち、戦いに身を投じた女性たちの証言から作り上げられた。「14回もの人身売買を経験したある女性が、そうとは信じがたい優しさと強さを持って語るとき、誰もが悲劇と苦痛についての自分自身の考えや信念について自問するはずです。戦争についての典型的なイメージが破壊されるのです」と監督は語っている。

 映画では言わば観客に代わって目撃者となる片眼の女性戦場ジャーナリストが女性戦士たちに随伴する。「愛した男は3か月前にリビアで地雷を踏んだ」とバハールに話し、PTSDで悪夢にうなされ、フランスに居る娘とはインターネットで会話するのみ。その造型にはふたりの実在した女性ジャーナリストからインスピレーションを受けたという。スリランカ内戦を取材していたときに手榴弾の破片で左目を失明、黒い眼帯をして世界各地の紛争を取材し続けて2012年にシリアで命を落としたアメリカ人ジャーナリストのメリー・コルヴィン(ちなみにロザムンド・パイクが彼女に扮した伝記映画を、メキシコの麻薬戦争を取材した『カルテル・ランド』や『ラッカは静かに虐殺されている』を撮ったマシュー・ハイネマン監督が撮ったとのこと)と、ヘミングウェイの3番目の妻で従軍記者として活動したマーサ・ゲルホーン(フランコ政権と戦った兵士の孫娘でもある監督によれば「スペイン内戦について素晴らしい記録を残して、82歳まで現役でした」)。

 ヒロインのバハールにはイラン出身のゴルシフテ・ファラハニ。近年ではジム・ジャームッシュ監督『パターソン』(16年)で独特の美意識を持った主人公の愛妻役が印象的だったけれど、もともとはリドリー・スコット監督『ワールド・オブ・ライズ』(09年)でレオナルド・ディカプリオの相手役としてハリウッド作品に出演した初のイラン人女優であり、そのために一時期イラン政府から出国禁止処分を受けた。やはりイランからフランスに移り住んだコミック作家マルジャン・サトラピが共同で監督した『チキンとプラム〜あるバイオリン弾き、最後の夢』(11年)で主人公のバイオリン弾き(マチュー・アマルリック)の悲恋の相手として登場したときには、私は世の中にこんなにきれいな女性がいるのか、と思ったものだ。
 片眼の戦場ジャーナリストには、2015年のカンヌ国際映画祭でカトリーヌ・ドヌーブ主演の監督作品『太陽のめざめ』がオープニングで上映されただけではなく、女優としても『モン・ロワ』(マイウェン監督)で主演女優賞に輝いたエマニュエル・ベルコ。
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