ぺむぺる

アップグレードのぺむぺるのレビュー・感想・評価

アップグレード(2018年製作の映画)
4.0
「妻を殺された男の復讐劇」という王道かつ鉄板の胸熱展開と、「AIチップの搭載により超人化した主人公」「裏の世界で暗躍する謎の組織」といったディストピアSFの雰囲気が見事に融合した魅力あふれる一作。

本作の特色はなんといっても前代未聞のアクションシーンだろう。人類/AIのハイブリッド型戦闘スタイルは新感覚の映像ながら、「痛み」のわかる主人公が「痛み」のわからないAIに振り回されるという意味では普遍的な「人間と機械の関係、その課題」に基づくものであり、この二者のズレがコメディ(陽)にもバイオレンス(陰)にもなりうることを端的に教えてくれる。「未来感」の提示としてはこの上なくインパクトのある描写だが、それに比して作品全体の世界観(未来描写)はやや不完全で、主人公らとともに“犯人探し”を楽しむにはどこか説明不足の印象を受ける。

これは、おそらく本作の脚本が〈意外な真相〉から逆算的に構成されたものだからだろう。この決定的かつ大胆な結論があるからこそ、時代状況や登場人物たちの背景といった、通常のSFやサスペンスあればキモともいえるようなところが枝葉に後退し、その大部分は省略可能となったのである。結果ストーリー全体がシンプルにまとまり、それがコンパクトではあるがキレのある短編小説のような魅力を本作に与えている。

この〈意外な真相〉をクライマックスまで隠匿するには、観客の目をそこからそらしておけばよい。木を隠すなら森の中というように、そうして出来上がったのが本作の〈不完全な未来〉なのだろう。その意味で、本作はタイトルからして観客へのミスディレクションが仕掛けられている。こうした歪さから醸し出される不安定な味わいもまた、本作の魅力のひとつといえそうだ。

とはいえ、そんな「未来感」が単なる目くらましにすぎないと言いたいわけではない。私見ではあるが、この世界は、古ぼけたバンでアメリカの田舎道をひた走る若者グループよろしく、初めから死が決定されていた存在である。だからこそ、現実とは異なる別の世界〈歪な未来〉を描く必要があったのではないか。そうでなければ、本作の骨子は“現代を舞台に未知の科学技術がもたらすドラマ”として構成されていても概ね不足はないはずだ。

ひとつの世界の死を描くホラー作品。ホラーファンの行きすぎた解釈かもしれないが、そんな見方をしてみても面白いかもしれません。
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