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岬の兄妹のotomisanのレビュー・感想・評価

岬の兄妹(2018年製作の映画)
3.9
 うっかりしているととんでもない話に出会ってしまう。
 三浦三崎にそっくりな街で鉄工所勤めの良太は右足が不自由。これが会社をクビになって、自閉症で自宅監禁中の妹、真理子も抱えていて頼る親戚もなくてどうしようかという。ひょんな具合で気付いた真理子の事実上の売春に、叱るのもそこそこ、ついに生活苦に負けてたった二人の組織売春を始めてしまう、という。
 失業保険に生活保護、身体障害者の扶助もあるだろと思うが、そんな常識を飛び越して、うちらはこうやって生きる事にしましたという無茶振りがきもちわるいきもちわるい。良太の客引きもきもちわるいし、「お仕事」に素直過ぎよろこび全開の真理子もきもちわるい。
 そんな稼業のさなか、ここはこだわりましたという感じで、いじめられ中学君がワルい奴らに脅されて真理子を買わされる一件では、ナニを済ませてみると「いきてるといいこともあるんですね」だそうで、これはだまって見てるしかなさそうだ。その横で良太はそのワルい奴らから金を盗られそうになってたんだがウ●コ反撃で追っ払って、生きててスッキリ中学君ともウ●コ手のまま握手までしてまあ可笑しいのだが、どん底の三人のババをつかみ合う関係に、どこかその、タヌキ三匹が同じヌタ場で泥を浴び合う、相身互いな感じというか、コッソリとエールを送ってしまう自分までたぬき臭いようで可笑しい。

 どこかきもちわるい状況が真理子妊娠で破綻しかける事でかえってホッとしてしまう。これも同じ穴のムジナ的感覚だろうか。しかし、堕す費用の工面か、お客に認知を求めるか、いっそ結婚を迫ろうか。そこで訪ねた某君は四肢障害、彼と良太の認知を、結婚をという遣り取りの乾いた反りの合わない感じの中に、何となくそれまでたぬきレベル的、見下げるように眺めていたこの物語なんだが、妙な飲み込みのよさを始めて感じた気がする。
 しかし、どこにも出口のない感じのまま、真理子だけ「お仕事」に馴染んでしまい元に戻れない。某君が結婚を断ったその直後、良太を追っかけてきた真理子が「お仕事」を止められ大泣きするのは嫌でも某君の耳に届いたろう。結局おろすと決め、またまたひょんな具合で良太も復職できたけれど、堕胎で真理子は何を失ったのだろう。

 売春に頼らずに済む日々に戻れたようでいて、あれ以来笑いもしない、良太の声も届かぬ気な真理子がケイタイの着信には反応する。いまだにお客の引き合いか、まさか某君の結婚承諾か、悪い「けものみち」の日々のできごとの蒸し返しにしか思えないけれど、人生のどん詰まり岬、いまさら生きてていい話なんてあるんだろうか。
 と、どん詰まりな彼らが憲法に記された権利もクソも知らぬげに?いや知らないわけでなく、知っていても行政に齧り付いても何かをもぎ取ろうという人々からは別カーストと見られそうな彼らが、彼らなりに自然に判断して振舞ってあのような事になってゆくという、そこには怒りもなく従って告発もなく、改善要求もない。しかしながら、我々が四民平等とツッコめばスイマセンスイマセンと逆に謝られてしまい気が付くといつの間にか姿をくらましてしまうような、人間の心情を宿した特別の生きもののように思えてくる。
 ここには差別の始まりもあり、迫害の始まりもあるだろう。マイノリティの新区分として認知し大人類界を整序するための新たな前線で怒りの声が発せられる日が来るかもしれないが、もしたぬきなら考えないだけ楽なんだけどとつぶやきが聞こえてきそうでもある。
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