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この世界の(さらにいくつもの)片隅にのsatoshiのレビュー・感想・評価

5.0
 外出できないし新作映画も公開されないし、仕方がないから以前からやりたかったデ・パルマ強化月間でもやるかと思い、昨日は『キャリー』を観て、今日はCSで録画していた『ミッドナイトクロス』を観ていたのですが、録画したBDがポンコツで途中で止まりまして。仕方がないので鑑賞を断念し、本作の感想を書きたいと思います。


【感想】
 2016年に公開され、作品としての完成度の高さ、素晴らしさから各方面で絶賛され、熱狂的なファンの力で驚異的な興行を維持、同じ年に公開された『君の名は。』とはまた違った現象を生んだ21世紀の日本映画を代表する傑作『この世界の片隅に』。本作は3年前に公開された作品に新規映像を加えた作品です。こう書くと本作はディレクターズカット版なのかと思われるかもしれませんが、それは違っていて、本作は前作とはまた違った、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』という新作なのです。ちなみに2019年最後に観た映画でした。

 本作は前作と比べて、「遅い」映画だと思います。前作はすずさんの性格もあって非常にゆったりとした雰囲気を持った作品でしたが、映画そのものの「速さ」はとんでもないものでした。画面には異常な量の情報が詰め込まれ、それらが作品の出来事を語るという行間も豊富で、鑑賞には相当のエネルギーを要する作品でした。翻って、本作は新たに映像を加えることで、前作にあった空白を埋め、「行間」で読み解くしかなかったことに具体性がもたらされています。そして、これらの行間が具体的になったことによって、作中の小道具にも、別の意味が付与され、重みが出たと思います。これ故に、本作は前作とは全く違ったテンポの作品になり、「遅さ」が生まれたと思います。

 この行間のエピソードの挿入によって、本作は前作とは違う意味の「片隅」の物語になりました。前作では主にすずさんに焦点が当てられていて、彼女が自分の居場所を見つけるまでの作品でした。のんびり受動的で、ふわふわしているすずさんの対比として何もかも自分で決めてきた径子さんがいたのだと思います。翻って本作では、前作で語られなかったリンさんのエピソードが挿入され、大きくフィーチャーされます。そしてその他にも、テルさんを始めとして、戦争孤児など、すずさん以外の人間の話も出てきます。彼女たちの暮らしが出てくることで、この世界に生きていた多くの片隅にいた人間の物語になっているのです。後、テルさんやリンさんとのエピソードでも、前作でもあった「現実から逃れるための手段」としての「絵」にもさらに重要な意味が付与されています。

 そしてこういった具体性が出てくることで、戦争の理不尽さも前面に押し出されてきます。あまりにも多くのもの、生活、命を破壊し、踏みにじってきたのです。それがより実感できる作りになっています。そして、それ故に、ラストの台詞が大きな意味を持って立ち上がってくるのです。すずさんの「笑顔で思い出したいと思います」というものです。前作ではこの台詞は水原に対して使われていましたが、本作ではより多くの、「戦死者」に対して使われています。太平洋戦争で、多くの人間が死んでしまった。だからこそ、生き残った人間にできることは、死んでしまった人間を「笑顔」で思い出してやることだけなのだ、という意味合いになってくるのです。さらに、ラストでのまた家の中に明かりが灯り、夕飯の支度が始まるシーンにも、破壊しつくされた後ということでより「再生」への大きな意味が生まれています。もちろん前作にもその面はありましたが、本作ではより強化されたと思います。

 最後に。本作に付きまとう、「戦争責任問題」について、書きたいと思います。本作は基本的には左右関係なく支持された作品です。しかし、いわゆる左派からは「日本の戦争責任を描いていない」と批判されることがあります。個人的には、言わんとしていることは実は分かります。しかし、私はそれを含めて「庶民視点の戦争映画」だと思っています。庶民にとって、戦争とはお上が決めたことで、それによって振り回され、そしてその意思決定に関して関与できないまま終わります。原作では終盤ですずさんがかなり直接的な「政府への批判」をするのですけど、片渕監督はこれをあえて変更し、ニュアンスはあまり変えず、米を入れ、「庶民目線」にしたそうです。そこには徹底して本作を「あの時代の庶民の物語」にしたいという目論見があったからこその変更だと思うのです。私は、本当の意味で「あの時代の人の思いや考え」を可能な限り映像にしたという意味で、本作を支持したいなと思っています。とりあえず「戦争の理不尽さ」は前作以上に出ています。だからこそこの改変が効いてしまっているのは事実だと思います。

 以上のように、本作は前作に新規映像を入れ、全く新しい映画として生まれ変わらせた作品でした。傑作であることは変わりないので、是非観てほしいですね。
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