つかれぐま

37セカンズのつかれぐまのレビュー・感想・評価

37セカンズ(2019年製作の映画)
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「私でよかった」

ユマの冒険が、止まっていた家族の時計も動かす。障碍者映画の可能性を大きく拡張する作品。

冒頭の入浴シーンの衝撃から、身が引き締まる。「これはキツイ、でも逃げちゃだめだ」私の気持ちに追い打ちをかけるように、厳しい現実に直面する無垢なユマ。そんなユマの前に、暗闇から異物感たっぷりに現れた中年風俗嬢の舞。彼女の登場から作品のトーンは一変し、ユマの前進もまた加速していく。ここのギアの上がり方が映画的醍醐味。

ユマと母親。
本作はこの二人の心の揺れ動きを、腰を据えて描き続け、決してそこから離れようとしない。だから終盤のファンタジー的急展開も、割とすんなり飲み込めた。ユマの心がとにかく大事と思えるので、タイに行くパスポートはどうした?とか細かいことはどうでもよくなっていったかな。

そして母親にはかなり感情移入した。確かにユマが「叫べない23才」に育ってしまったのは彼女の過保護が原因だ。だが、産んだものの責任を全うせんとする、この母の気持ちをどうかわかってやって欲しいと願う。父親からのハガキをユマに見せないのは、ユマを傷つけない為。そう思えた優しい女性。

サヤカ、客引き、ホスト。
彼らにも性根の悪さは感じない。眼の奥には、ちゃんと優しさが宿っている。そんな演技と演出が見ていて嬉しかった。

終盤にユマが呟く「私でよかった」は、色々な意味に解釈できた。こんなにサラっと、悲劇ではなく、青春冒険譚としてみせ切ってしまう。従来の障碍者作品とは一線を画する爽やかな読後感。