つかれぐま

悪は存在しないのつかれぐまのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
24/5/9@ルシネマ渋谷宮下❼

これまで都市生活者を点描してきた濱口監督が、一転して山間集落を舞台に。自然と共存・・その「白々しさ」を突きつけられた思いだが、その矛先は都会の人間にだけ向けられたものではなかった。

冒頭、少女・花が見上げる森の木立が延々と続く。昇天した母親を思っているようにも、森が花を守っているようにも見える美しいオープニングだが、その静寂を破るのは耳障りなチェーンソーの爆音。薪を割る主人公・巧。慎ましい暮らしに他ならないが、今振り返るとそれは「自然からの搾取」にも思える。僅かではあるが、樹を切り、それを燃やして二酸化炭素を生み出す。

朴訥で寡黙な巧は、他の村人と違って落ち着いた物腰ではあるが、彼の少ない言葉の中に「バランスを取る」「開拓3世」「便利屋」といった、やや不遜な潜在意識が見え隠れする。娘の心身のケアも出来ていない、森で煙草も吸っておきながら「森の番人」を気取るのかよ。うーん、どうにも巧が好きになれない。閑話休題。

グランピングの説明会。
あのシーンの面白さはなんだったんだろう。緊張感と二人が正論にやり込められていく様を眺めるのが、どういうわけか面白い。

あの東京の男女が、無理矢理ながらも巧との距離を詰めていき、本当に微かだが相互理解の可能性が感じられた矢先、決定的な事が。巧の車の中で交わされた「鹿をめぐる会話」だ。住民はともかく、鹿の事情など全く二人の頭にないことが明らかになるあの場面。そこに悪意はない(タイトルの通り)のかもしれないが、「自然」からみれば悪ではなくとも「敵」だ。巧はあそこで彼らを車から放り出すべきだった。森の番人を背負うのであれば。そうしなかったから、ラストの悲劇が起きてしまったと解釈した。

つまりラストは「森」の警告だ。
全編にわたり「森の視点」というべきショットを重ね「森は生きている」ように観客を誘導してきたことが、ここで効いた。あのファンタジックなシーンが(思弁的な理解はできないが)吞み込めたのは、そういう映画の力の成せる業か。