chiakihayashi

ブルー・マインドのchiakihayashiのネタバレレビュー・内容・結末

ブルー・マインド(2017年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

 スイスアカデミー賞作品賞ほか3部門受賞作品。
 ポーランドの女性監督作品『ゆれる人魚』はなかなかに象徴の意味を切り取るのは難しかったのだけれど、その関連で情報が入ってきて見たこの作品のメタファーならばなんとか理屈がつけられそう(笑)。いえ、笑い事にはできないほどのシリアスな物語だったのだけれど。

 ヒロインのミアは15歳。引っ越してきたばかりで、学校ではいわゆる不良っぽいグループに近づき、リーダー格のジアンナと失神ゲームに挑んで仲良くなる。みんなでショッピングセンターで化粧品を万引きしたり、SNSで選んだ年上の男を相手にヴァージンを捨てようとしたり。が、実は初潮を迎えたミアの身体は無気味な変化を起こし始めていた。

 まず、足のゆびの間に水かきのようなものが出現する。ミア自身、自分は養子なのではないかと疑うほどによそよそしい両親には相談することはできず、医者もなんの助けにもならない。自らハサミで水かきを切ってみたりするも、やがて脚の皮膚が変化し始め、どす黒くなり、剥がれ落ちて・・・・・・ミアは恐怖に独り泣きわめくのだった。
 ある夜、海辺のパーティで溺れたジアンナをミアは超人的な泳ぎで救い出す。鏡を見るミアの脇腹には鰓のような切れ込みができていた。さらにその翌日、乱痴気騒ぎになったパーティの一室で若者たちのペニスを次々に咥えるミア−−−−言わば輪姦である、何しろ下半身を人目にさらすわけにはいかないのだから−−−−を今度はジアンナが連れ戻す。その夜、両親が不在のマンションの一室でミアの身体はついに決定的に変容した。
 駆けつけたのはジアンナ。人魚の姿となって水浸しの部屋に横たわるミアを引きずってトラックに乗せ、海へと向かう。ふたりはしばし、黙って肩を寄せ合い、やがてミアは静かに海に入り、波間に消える−−−−。

 全編、リアリズムで描かれる。ミアが衝動的に水槽の金魚を貪り喰う様子も、人魚となった下半身も(『ゆれる人魚』と同じく、たくましいほど立派な尾っぽはしごくリアル)。さて、この変身譚をどう読むか?

 おそらくは人魚であることが、本来のミアなのだ。にもかかわらず、ミアは自らの身体が変容していくのに必死で抵抗しようとしていた。
 初潮とは少女から女への成熟が始まる節目。ミアは両親への反抗もあってワルぶった遊びに手を染めるだけでなく、初体験を性急に済ませようとし、ついには見知らぬ男たちのペニスを咥えるにまでいたる。そのようにして絶望的なまでに彼女はこの世界でオンナとして適応しようとしていたのだ。その痛ましさたるや!

 だが、ラストシーン、本来の自分自身として生きる覚悟を決めたのであろう彼女は、かつてなく落ち着いていて凛と美しい。真っ直ぐに海を見つめるミアにいたいけな少女のような表情でそっと寄り添うジョアンナは、なんとかしてこの世界で生きるよすがを見出そうとしてきたミアのこれまでの徒手空拳の闘いも、これからの生の不安も、同性として共有しているのだろう。

 そう、ミアは母なる海へ還っていくのである。どうしても自分が自分自身として生ききれなかったこの人間世界から去り、力強く尾鰭を翻して自由に広大な海原を泳ぐ。
 それはもうひとつの世界でまったく新たな女性性を育てていく冒険への旅立ちなのではないか。
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