サトシ

未知との遭遇 ファイナル・カット版のサトシのレビュー・感想・評価

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王道の宇宙映画の裏にみててくるもの
謎の飛行物体を観てある意味人生を狂わされた主人公。本当に家族をないがしろにしてまでやらなきゃいけなかったのか。最後は、自分勝手で宇宙に行ったように見えてしまう。途中、狂っていくさまは観ていて辛いものがあるし、精神疾患にしか見えない感じもする。宇宙人との交流という面で見ていると心温まる雰囲気があるが、1人の人物目線でみると身勝手な男の妄想に振り回される家族に注目しているようにも見えてしまう。
序盤からこの男コニーには違和感があった。上の子の勉強を見てあげなかったり、下の子が暴れていても自分は関係ないという雰囲気で、家族というものに飽きているというか、愛が感じられないように映る。飛行物体を見たあと、妻と現場に行き妻とキスをするシーンでも何処か上の空、というか実際空を見ているようにもみえる。同じ体験をしたシングルマザーのジリアンに好意を寄せているような感じがするのも、家庭の外になにか意義を見出そうとしているようにも感じられる。それが中盤の家族が離れ、更に自分だけ宇宙に行くという結果になったのでは。
この映画で描きたかったのは、ただの宇宙人との交流以上のものがあると考えてしまう。在り来りな表現だと、本当に大切なものは身近にあるということだろうか。それに気づけなかった憐れな男という印象を受けてしまう。
スピルバーグの似たような作品の「ET」は、宇宙人との交流と少年の成長に心温まるものを感じる。宇宙人に敵対する「宇宙戦争」では、ダメな父親が、宇宙人襲撃を受けて家族を守るために戦ううちに父親としての自覚が芽生えていくという成長を感じられる。それらと比較すると主人公のロイが余りにも幼稚にみえてしまう。そう考えるとこの映画で何を描きたかったのだろうか。
今回、ファイナル・カット版を観て最後の宇宙船のシーンが無くなっていることに驚いた。確かに蛇足と言えば蛇足だが、暖かい温もりのようなものも感じられるシーンだったと記憶している。それが無くなったのは、最後は観る人に委ねるということだ。少なくとも、家族や全てを捨ててコニーは幸せになったのだろう。
(5/18/24)
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