美しすぎた。
でも、それ以上に痛すぎた。
だから感動作なんて言葉で片付けてはいけないと。
あらすじを読んだとて、あの
ジャケ写では女の子にしか見えず。
家族も周りの人間もララのセクシャリティを理解している前提でストーリーが始まったので、その部分は気持ちが助かった感じ。
特に、あの父親像は尊敬のレベル。
女の子としてバレリーナになりたいだけ。
それだけなのに、その為にララが厭わない努力が痛々しすぎて最初のあのシーンで早くも涙腺が。
ラストも夜中に叫びたい気持ちを必死に堪えた。
視聴後、ララを演じたビクトール・ポルスターが気になりすぎて検索。
そもそもララの同僚役でオーディションに来ていた彼を監督が主役に抜擢したそう。
とあるブログで本作を取り上げていた方が記されていた言葉。
『神様も間違うことがある』
そういう発想や認識を世界中の人が持てたなら、LGBTQなんて呼称も必要なくなるのにな、と。
「女の子になりたかっただけ」
そんなララのとてつもなく真っ直ぐで強い等身大の想いには学ぶものしかなかった。
始まった途端から終わるギリギリまで、心でずっとララを抱きしめ続けていた気がした本作。