ノットステア

ジョーカーのノットステアのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.7
○きっかけ
 高校生のとき先生に「宮台真司という社会学者の映画批評が面白い」と言われてから、宮台真司さんの映画批評をたまに読むようにしている。
 ジョーカーのパンフレットで宮台真司さんが何を語っているのか気になって観た。

宮台真司「天使が堕天使になる時―ジョーカー誕生譚―」
・内容(見出し)
堕天使ジョーカー
ジョーカーの逆神義論
ギリシャ的/エジプト的
ジョーカー≒バットマン
善行も所詮は損得計算
倫理的存在ジョーカー
ジョーカーとバットマンの分岐
社会に敵対しない/敵対する脱社会的存在
昨今の社会はどちらを量産するか?

 宗教的観点から見る『ジョーカー』の考察だった。クリストファー・ノーラン版『ダークナイト』におけるジョーカーとバットマンとの比較が多めだった。
「堕天使アーサーも、天使ブルースも、愛と正義、法と正義、人命と正義が両立しないと知っている。二人は社会をマジガチで生きられない天使族だ。だが、天使はおためごかしの社会を支える幻想を守ろうとし、堕天使は破壊しようとする。」



以下、ネタバレあり













○感想
 暴力シーンは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と同じように痛々しいシーンもあったが、『ジョーカー』は暴力を面白いもの(スカッとするもの)として観ることができない。
 アーサーがジョーカーへと変貌していく過程は、どうしようもない不幸の連続で、同情した。苦しいからといって悪いことをしてはいけないと思う。だが、この映画から読み取るべきはそこだけではないように思う。
 ゴッサムシティを描くことで、ジョーカーを描くことで、監督たちは何をメッセージとしたかったのか。もしくは、(監督がどう考えて作ったかに関わらず)何をメッセージとして読み取れるか考えることが必要だと思った。(そう思ったのは、宮台真司さんのパンフレットに影響されたからでもある。)
 宮台さんは『ジョーカー』と『ダークナイト』のジョーカーと『ダークナイト』のバットマンを比較することで時評している。例えば、次の二つ。

①善の振る舞いをするのは善人だからではなく、他者たちが概ね善の振る舞いをすると予期し、自分が善の振る舞いをしても大損しないと予期するからに過ぎない。だから、予期が壊れれば、それを望むかのような振る舞いも終わる。他者が概ね善の振る舞いをするというのは幻想であり、幻想ぶりが露呈すれば人は馬脚を露す。ジョーカーは人の心の底に潜む悪を引き出すのではなく、予期が崩れれば人の振る舞いが変わって社会が崩れることを証明する。心理学的ではなく、社会学的な存在。多くの人はジョーカーの過去にどんな悲劇があったのかを思うが、ヒースのジョーカーは嘲笑する。悲劇に対する恨みという解釈を嘲笑、むしろ悲劇ならぬ喜劇があったと自嘲する。

②堕天使ジョーカーは天使バットマンを悪に落とそうとする。


宮台さんはパンフレットで、共に法外の存在であるジョーカーとバットマンを分けたのは、社会の中に居場所がある者とない者の違いだとしたうえで、次のように述べている。
「昨今は人のクズ化(言葉の自動機械/法の奴隷/損得マシン化)と社会のクソ化(言外と法外の消去)で、幻想=予期の地平が破れつつある。かつて天使だったアーサーは堕天使化したが、社会をまともに生きられない天使族が堕ちずにいられるか否かを決められるものは何か。もはや多言を要すまい。」

ここまでほぼ引用だったが、アーサーがどう堕ちていったかを把握するために物語のできごとを以下箇条書きした。

・アーサーは、母親のペニーの介護をている。心臓と精神の病。寝たきりの状態。ペニーは30年前に使用人として仕えていたトーマス・ウェインに、生活の援助を求める手紙を送り続けている。

・アーサーは、道化師の派遣仕事をしている。低賃金。

・アーサーは人々を笑わせたい。コメディアンとして成功したいという夢。

・ピエロの格好をして店の前で看板を持つ仕事。街の不良少年達に絡まれ、袋叩きにされて看板を破壊されてしまう。→ランドルに護身用として銃をもらう。

・バスで乗り合わせた子供と目が合い、笑顔を向けたが、子供の母親に気味悪がられ咎められる。

・アーサーは、脳の欠陥で笑いの発作が止まらなくなることがある。

・アーサーは小児病棟の子供たちの前でピエロのパフォーマンス。ランドルから渡された銃を落とす。会社を解雇される。

・アーサーは落ち込みながら地下鉄に乗り帰る。女性に嫌がらせをする3人の男。アーサーは笑いが止まらなくなる。3人はピエロ姿のアーサーをからかい、袋叩きにする。銃で3人を撃ち殺す。

・3人はトーマス・ウェインの会社の社員だった。

・トーマスはニュースで、ピエロの格好でしか行動を起こせない犯人は社会からの脱落者だと述べ、怒りを露わにする。

・トーマスはゴッサム市長になるために上辺だけ謙虚な姿勢を見せていた。市民達の反感を買う。ピエロをプロパガンダの象徴として暴動は過激になる。

・アーサーはアパートのエレベータでシングルマザーのソフィーと出会う。2人は少しずつ距離を縮めていった。(妄想)

・アーサーはスタンドアップコメディーショーの本番で笑いの発作を起こし、失敗。

・ひたすら舞台の上で笑い続けるアーサーの姿が、人気コメディアンのマレー・フランクの番組で取り上げられる。(ジョーカーという名前で)

・マレー・フランクの番組にゲスト出演することが決まる。

・アーサーはペニーの手紙を見る。トーマスがアーサーの父親であるという記述。

・アーサーは事実を確かめるためにトーマスの屋敷を訪ねる。使用人のアルフレッドに追い返される。

・アーサーは映画鑑賞パーティーが開かれている建物でトーマスと対峙する。自分の父親であることは否定され、ペニーは狂っていると言われる。それでも訴えるアーサーをトーマスは殴り飛ばす。

・アーサーはトーマスから、ペニーが使用人として働いている時にペニーが貰ってきた養子がアーサーであるという事実を聞かされる。

・アーサーはペニーが過去に入院していた病院を訪れる。保管されていた診察記録。アーサーは養子。ペニーの交際相手に虐待されたアーサーは脳に損傷を負った。ペニーは虚言癖と妄想性障害を患っている。

・アーサーは、ペニーの顔を枕で覆い窒息死させる。

・アーサーはソフィーの部屋を訪れる。ソフィとの関係は妄想だった。

・ペニーの死を知った元同僚のランドルと連れがアーサーの家を訪ねる。アーサーはランドルが警察に銃の所持の責任をアーサーに擦り付けて裏切ったという理由で、ランドルの首元を切り付け殺害。連れには意地悪をするも逃がす。

・警察に追われるアーサーはマレーのコメディ番組出演のため、テレビ局へ向かう。ピエロのメイク。マレーは素顔で舞台に立つアーサーを見てオファーをしていたため戸惑う。ジョーカーを名乗る。

・ジョーカーの笑いと世間の感覚は噛み合わない。マレーがその場を盛り上げるために、ジョーカーを馬鹿にする冗談を言う。

・ビジネスマン3人を射殺した犯人は自分だと告白する。信じないマレー。

・ジョーカーはマレーを生放送中に射殺。


物語のできごとをまとめると、途中までアーサーは法内に留まっていたことがわかる。アーサーが法外の存在となったのは、トーマスの会社の男3人を撃ち殺したときである。法外の存在となり、善という者は幻想だと悟り、周りの人々も悪に落とそうと唆すようになる。失うものはなく、何をするかわからない存在となる。→『ダークナイト』?


 まだ読み取れていないことはあるだろうが、ひとまず箇条書きにしてみた。
・クズ=言葉の自動機械、法の奴隷、損得マシン
=感情が劣化した人
=感情に従って行動するわけでもなく、人に言われたことを鵜呑みにしてその言葉の通りに動く人
=人が堕ちる原因を作る。特権階級に都合のいい社会になり、周辺的存在はまともに生きることができずに堕ちていく。特権階級に都合よいということは、善の行動をしても報われないということ?
※損得マシン=市長になるという個人的な損得のために上辺だけ取り繕うトーマス?
※言葉の自動機械=ピエロになる市民たち?
→違うか。ピエロ市民たちは特権階級に都合のいい社会にしようとしてるわけではないから。
ピエロ市民たちはまともに生きることができずに堕ちていった人たちか。
ジョーカーをヒーローだと感じているピエロ市民たちは、ジョーカーの言葉を鵜呑みにしてその言葉の通りに動く自動機械っていうふうにも思ったんだけど。

・堕ちてしまう人=社会をまともに生きられない、かつ、居場所がない人。
※バットマンには居場所があるから、堕ちてはいない。法外の存在ではあるけど。

・堕ちた人=失うものはない。何をするかわからない。


『ジョーカー』に出てくる特権階級の人はトーマス、トーマスの社員3人、マレー。
特権階級にとって都合の良いようにアーサーは扱われる。
マレーの場合はウケをとるための素材としてアーサーを扱う。=損得マシン?
トーマスの場合は市長になるために貶す対象としてアーサーを扱う。=損得マシン?
トーマスの社員からすればストレスを発散するために殴る対象?=?
特権階級ではないけど、ランドルは個人的な損得のためにアーサーを犠牲にした。犠牲にされたとアーサーはそう捉えた。=損得マシン?




パンフレットには町山智浩さんのレビューも載っていた。印象的な部分を箇条書きする。
・ジョーカーには人並み外れた能力もないが、弱みもない。自分の命すら惜しくはない。何も持たない。だからバットマンの最強の敵。
※宮台真司さんの言葉も借りれば悪に堕ちろとバットマンに唆す。だからバットマンはジョーカーを殺せない。最強だわ。。。
・『笑う男』という映画が『ジョーカー』の原点(監督の言葉)
・チャールズチャップリン『モダン・タイムズ』の引用。資本主義の最下層で労働者が機械のように扱われるうちに精神を病んでいく物語。悲惨な物語をチャップリンはコメディとして描いている。『モダン・タイムズ』の主人公が偶然拾った赤旗を振ったために労働者のデモを扇動してしまうギャグが『ジョーカー』で再現されている。悲劇と喜劇は表裏。