このレビューはネタバレを含みます
こういう主人公が嘘つく系は本来苦手、バレないかハラハラしちゃうから。
でもこれは全然そんなことなかった、むしろ早くバレてくれとしか思わない。
思ったより面白かった。人間は本当に愚かだなーやはりナチスのことを悪魔呼ばわりするのは間違ってる、彼らはあまりに組織的人間だったにすぎない(あとはそれに乗じて嗜好を満足させたドS)。
穴の中に埋められていく男たちと主人公の違いは、「服を拾ったかどうか」…生死を分ける違いが、本質的にはただの布なんてな、他の動物からしたら人間てなんて愚かなんだろうって感じ。
汝殺すなかれは、人間には難しすぎるんだろうな
○ 悪の凡庸
実際は脱走兵である主人公に、脱走兵を始末したい理由や思想、信条なんてない。
ただ、周りが大尉である自分に求めていること、周りの支持を得るための最適解を、あまりに的確に理解し、それを超える言動をしたにすぎない。
仮にあの収容所の訴えが、収容者の待遇改善であったなら、彼はそれを実行しただろう。(まあ、盲目的な支持を勝ち取るために必要な不満て、大抵差別的な方向のものだけどーミロシェヴィッチとか)
彼の中にあるのは、保身と権力への欲求だけである。それは明確な悪意や差別的な信条よりもタチが悪い。
悪意から目が醒めることはない、信条に対する反省も、疑問もない(そもそも信じてないし)。
それに、これは誰でも抱きうる感情である。隙あらば被収容者をボコボコにしたがるのは異常者としても、保身や権力の強化を望むなんて、組織の中の人間なら、誰でも考えそうなことだ。
ゲットーも、絶滅収容所も、ガス室も、悪意よりはこういう「期待を超え」ようとしたために起こったような気がしてならない。
○部下たち
部下は気づいていたけど言わない、あるいは無理に気づかないようにしていたような描写が多い。
言わないのは、彼の身元がバレてしまえば、自分たちも銃を向けられる側になるから。
少し良心が痛んで、少し抗議してみても、結局は身の保身が勝つ。かつてはあったはずの良心は麻痺し、機能しなくなる。
権力は1人では成り立たない。「支持を聞いてただけ」では済まされないのだ。
無論、彼のやり方がうまいというのもある。無理やり共犯にさせ、後戻りできなくする。
ともかく、人が権力のいいなりになるのに、その正当性や行動の正しさというのは不要なのだ。それが保身に関わる、そこにいるほうが「楽」である、あるいは思考を奪われた状態である場合、狂犬でなくても、狂った権力に加担してしまう。
○ 尊さ
たった1人、その銃を他人ではなく自分に向けた人がいた。でも彼の死や決断は、誰からも気に留められない。誰からも全く賞賛されない、誰の心も全く動かさないとして、誰が尊い選択ができるのだろうかと思う。皆が銃をあの背中に向けるなら、自分も向けた方が楽なのでは、いや、向けるべきなのでは?と思うのではないか。
(まあ…不謹慎だから言えないけど、ナチスの制服はやっぱりかっこいいよな…)