ペジオ

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密のペジオのレビュー・感想・評価

4.1
普通に普通が素晴らしい

誰が見ても「普通」に面白い…狙ってやっているのだろうからこれが一番大事
なんやかんやで「勝ったのは百姓たちだ」的な市井の人たち目線の痛快さもある

ライアン・ジョンソンはジャンルをいじくるセンスに長けた監督である
学園青春もの+ハードボイルドな『BRICK』や、コンゲームに絶妙なひねりを入れてきた『ブラザーズ・ブルーム』が個人的にはお気に入り
ジャンルの「ベタ」な要素を逆手にとった展開を痛快と感じる嗜好を持っている向きには、「絶対裏切ってくれるぜ!」という信頼に値する監督だろう
こういう試みはジャンルの多様化活性化に繋がるし、何より「このジャンルでは普通」という所謂「お約束」で見逃していたジャンル特有のクリシェを洗い直す事で一周回ってジャンルの本質が浮かび上がってくるのだ(それがスターウォーズファンには極めて不評だったのは色々と邪推もできるがやめておこう。無駄に敵を作るし、そもそも観てねぇし。)

本作は分かり易すぎる程にアガサ・クリスティ的なミステリーの要素に満ちている
先述の監督の素養を鑑みれば、これは当然「どうハズしてくれるのか?」を期待するのが普通だ
結論として僕が感じ取ったのは、「誰が犯人かなんて究極的にはどうでもよくない?」というミステリーの大前提を覆す様なメッセージである(勿論フーダニットとしてもしっかりと作られているので、ここには反語的なニュアンスも込められているとは思う。)
早々に犯人を観客に提示することで、犯人と「それ以外の人たち」で分けられる登場人物たち
後者にはそれぞれ「個性」が割り振られてはいるが、どこか同じ「醜悪な臭い」が嗅ぎ取れる
その後の展開から真の黒幕の存在を臭わせるが、正直「誰が犯人でも良いよね?」と思う
だって条件さえ揃ってれば「どいつもこいつも同じ事やりそう」なんだもの
この映画が訴える現実の問題にも、実際「犯人」はいない
誰もが普通に抱えている問題なのである
……あっ!…誰もが「普通の容疑者」なのだッ(どーん!)

ミステリーにおける「探偵」とは決して「主役」ではないと常々思っていた
その説を補強してくれる様なダニエル・クレイグ演じる探偵の中途半端な存在感が良い(素性も良く分からないし。「探偵役」の仕事をキッチリやってそれが終わったらもう出てこない潔さも好感。)
映画の終盤、「釈然としないモノは残るが、話的には丸く収まる展開」で、「ちょっと待った!」を入れて「映画を本来のジャンルに戻す」探偵を見て、タランティーノの『ジャンゴ』におけるキング・シュルツのポジション(映画における役割)を思い出す(実際かなり近いキャラクターだと思う。)
そのおかげで、それが「人が持ち合わせて当然な嫌悪感」からくる行動であるという点がより明確に「刺さった」し、この探偵の「高潔さ」を高めてくれた

…そうだ…当然…「普通」はそうする
誰もがそれと気付かず無意識に行っている差別や見下し
自分の損得を超えて誰かを助ける行為
この映画は「世の中の大多数がやっているから」という「普通」と、「人として当然持ち合わせているべき」という「普通」の戦いでもあったのだ

僕が今まで普通に使っていた「普通」という言葉はどっちの意味だったのだろうか?
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