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ボーダー 二つの世界の湯呑のレビュー・感想・評価

ボーダー 二つの世界(2018年製作の映画)
4.6
日を追う毎に世界の分断化が進行するこの時代に、なかなか挑発的なタイトルである。まさに、人々は様々な境界線を引く事で理解できないもの、異質なものを排除しようとしている。『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者、ヨン・アイビデ・リンドクビストの短編小説をもとに、大幅なアレンジを加えて映画化された本作は、ミステリー/サスペンスのプロットを辿りながら、多様な読みを可能とする奥行きを持った、独自の世界を作り上げる事に成功している。
まず、主人公ティナの顔の造形が素晴らしい。極端に小さな眼、がっしりとした幅広の鼻、牙の様な乱杭歯を覗かせる口。人間離れした容貌を持ちながら、どこかにいそうな雰囲気を漂わせる、ぎりぎりのバランスを保った特殊メイクが、私たちに奇妙なリアリティを抱かせる。『ぼくのエリ 200歳の少女』の少女が外見的には端正な外見を有していたのに対し、ティナの相貌は見る者の居心地を悪くさせる。そんな彼女が、税関職員として違法物の取り締まりを行っている、という皮肉。彼女は冒頭から既に、境界線上に位置する事を運命付けられているのだ。
税関職員としてのティナの仕事ぶりは、同僚からも厚い信頼を得ている。というのも、彼女は相手の感情の揺れを嗅覚として感じ取れる、特殊な能力の持ち主だからだ。ティナは警察犬の様に、税関ゲートを通る乗客たちを嗅ぎ分け、違法行為を取り締まっていく。そんな彼女の前に、ある日自分とそっくりの風貌をした旅行者ヴォレが現れる。男の身体から発する臭いに不審を抱いたティナは、手荷物検査を実施するが不審物は何も見つけられなかった。しかし、ヴォレとのこの偶然の出会いが彼女の運命を大きく変える事になる。
この後、映画はティナの出生の秘密へと焦点を当てていくが、終盤に明かされる真相は、北欧の文化や民間伝承について詳しくない日本人にはあまりピンと来ないかもしれない。しかし、本作が素晴らしいのはそうした文化的背景の違いを超えて、私たちが他者と向き合った時に無意識に設けてしまう、境界をめぐる普遍的な物語として観る者の胸に迫ってくるからである。外見や国籍、性差など人々は「自分」と「他者」の違いを見つけ出し、区別する。そうした差異を乗り越えて人と人が結びつく事もあるが、大抵はその差異を起点に境界線を引き、排他的な思考に陥ってしまう。そうした態度が引き起こす疑心や恐怖心がやがて暴発し、人類の歴史の中で幾たびも大きな悲劇を生み出してきた。
ヴォレから己の出自について真実を知らされたティナは思い悩む事になる。ヴォレと共に人間社会を離れ、新たな世界へと旅立つべきか、それとも真実を知った上で、あくまで人間の支配する世界に留まり続けるべきか。しかし、こうした二項対立的な問いは、その二項の間に境界線を引き両者を相容れないものと見なしている時点で極めて人間的な思考なのである。彼女が最後に選び取ったのは、この境界そのものを無効化する道だと言える。これは、多くの人々にとってとても奇妙な行為に映るかも知れない。私たちは常に、自分がどちらの世界に属しているのか(男なのか女なのか?/どこで生まれたのか?/どの神を信じているのか?/幸福なのか不幸なのか?)を気に病んで、自分が属している(と、思い込んでいる)世界からはみ出す事に怯え続けているからだ。そうした恐怖から解放され、境界線のこちら側とあちら側を自由に行き来するティナは、真の意味でクィアな存在なのである。
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