Iri17

ミッドサマーのIri17のネタバレレビュー・内容・結末

ミッドサマー(2019年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

noteに詳しく書いたので以下そのコピペです。



この作品かなり独特な雰囲気を持っています。突然何かが驚かしてくるようなホラー映画じゃなく、何かが近くに存在している、もしくは何も存在していないかのような不安感を感じさせます。ロングショットでじわじわズームしていくようなカメラワークが多いことで、キリキリと胃を締め付けるような恐怖を演出しています。

スウェーデンはキリスト教国家になって久しいですが、それ以前は北欧神話などに根ざした土着信仰が存在していました。自然や動植物、儀式などを崇拝するペイガニズムと呼ばれる信仰です。今の北欧諸国はキリスト教国家ですが、やはりこのペイガニズム的性格を持った慣習や風土を今もどこかに感じさせます。アスター監督がインタビューでも話しているように不安感を煽る演出やペイガニズムと現代文明の齟齬に基づくホラーというのは日本のホラー映画に多く見られます。日本も仏教流入以前は自然信仰の多神教でしたから、その掟や慣習が地方のどこかで続いているかもしれないという無意識的な不安感が日本人の中にはあり、そこは北欧と通ずる部分なのでしょう。日本の少数民族はヤマト民族によってほぼ駆逐されてしまったわけですが、北欧(スカンジナヴィア半島)は少数民族が今でもいて、保護政策が取られています。もっとも著名なのはサーミ人です。

サーミ人はスカンジナヴィア半島北部とロシアの一部、いわゆるラップランドと呼ばれる地域に住む、色鮮やかな衣装を身にまといトナカイと共に生活している少数民族です。分かりやすいところで言えばアナ雪にもトナカイを連れたサーミ人の少年が登場しますね。サーミ人は独自の言語、宗教、慣習を持つ民族で、長らくキリスト教徒から迫害を受けてきました。サーミ人は危険な文化を持つような民族ではありませんが、北欧にはこのようにキリスト教文化とは相容れない異質な人たちが森の奥地に住んでいるという長い歴史を有しています。少数民族は日本にもアメリカにも南米にもその他欧州諸国にも存在していますが、サーミ人は完全に排除されているわけではなく、現在は共存が模索されているという点で、大きな存在感を持っています。『ミッドサマー』における村人の服装や、サーミ人の伝統音楽であるヨイクが度々流れることからも、この作品がサーミ人から着想を得ていることが考えられます。

他にアスター監督が意識したのは、イングマール・ベルイマンの作品でしょう。ベルイマンはスウェーデンの映画監督で、世界中の映画に多大なる影響を与えている映画監督です。僕はベルイマンは歴史上最も偉大な映画監督ではないかと思っています。ベルイマンは神父の父への反発によって映画を制作しており、『第七の封印』(1956)や『処女の泉』(1960)と言った作品には土着信仰への関心を感じさせます。

そのようなスウェーデンを舞台に据え、文化的齟齬によって起こる恐怖体験を描いている『ミッドサマー』ですが、ただ文化の違いで起こる恐怖を描いたホラーなのではなく、女性性の解放というメッセージが込められている点が大変素晴らしいです。
 家族の死の悲しみやクリスチャン(キリスト教徒の隠喩と思われる)との関係に縛られていたダニーが、ペイガニズム信仰の村の儀式に徐々に取り込まれて救われていくという終盤の展開は、キリスト教において抑圧されてきた女性が自らを解放していくというものに置き換えられます。クリスチャンの裏切りに対して、炎で焼き殺すというのはドルイド教における生贄の儀式を彷彿とさせます。
 家族を失い、恋人に裏切られたダニーが自らの女性性を解放し、自立して生きていく方法が、原始宗教に取り憑かれたコミューンのリーダーになるというのが恐ろしいです。

「ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。それは恐ろしいことでもあり、美しいことでもある」

アスター監督はインタビューでこのように話していますが、まさに恐ろしくて美しい映画なんです。まさに青空の下で行われる惨劇というものと見事に合致しています。

そしてよくよく考えてみると、ダニーの妹の自殺もペレが仕組んだことではないかという可能性が浮上してきます。作中に何度も登場するルーン文字ですが、これは古代ゲルマン人が使っていた表音文字です。今でも一部はアイスランド語などに生き残っていて使われています。この文字は呪術的性格が強く、表音文字でありながら一文字一文字が神に置き換えられて意味を含蓄していました。そしてその文字が登場するシーンに着目していると、全てが伏線として繋がっているように思えるような、綿密に計算された映画であることに気がつきました。
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