Damian

フェアウェルのDamianのレビュー・感想・評価

フェアウェル(2019年製作の映画)
4.6
物語自体は、あらすじ通り祖母の最期を巡る家族のお話なんだけど、想像以上に文化とアイデンティティの問題を多層的に掘り下げていて思わず唸ってしまった。

作品の軸となる「嘘」もそうだけど、生きる場所や時代が違えば価値観や文化が違うのは当たり前のことで、"正しいこと"、"信じるもの"の定義も変わってくる。
祖母との最期の再会を果たすためアメリカと日本から家族が集まるのだが、それぞれがルーツである中国の風習に足を踏み入れつつ、片やその文化と葛藤し、なかなか受け入れることができない姿は非常に印象的。

特に中国人として生まれつつも、育ちや考え方はほぼアメリカ人である主人公ビリーにとって、目に映る「祖国」の姿は様々な違和感に溢れており、その様子は随所に描かれている。

結婚や出産の固定概念を平気で口にする祖母や、無機質に建てられた高層ビル、壊れたホテルのエレベーター(やたらとアメリカ暮らしを干渉してくるホテルマン)、そして煙草の煙が立ち込めた部屋で男性に寄り添うコンパニオンの姿。

ビリーにとって、自身のアイデンティティにも繋がる中国の景色は想像と違ったのかもしれない。
ただ彼女はその文化の違い、集団主義の中にあるおせっかいなほどの優しさに触れ、少しずつこれまで欠けていた隙間を埋めていく。

劇中に何度か「燕」が出てくるが、自分はそれをビリーに重ねてしまった。
部屋に迷い込み行く先を見失っていた燕が、物語の最後、空に飛び立っていく。
きっかけは、自分がこれからも生きていくと決めた「第二の故郷」アメリカの、それも道のど真ん中で、祖母直伝の太極拳を口にした事だった。
決してアメリカでの彼女の環境が変わったわけでない。相変わらず親族は両親以外いないし、仕事だってまだまだこれからだ。
でも、それでも、祖母の一言が彼女のここで生きていく意味を見出してくれたのだと思う。

「人生は、何を成し遂げたかではない。大事なのはどう生きるかだよ」

最後に。コロナ渦で一年近く実家に帰れていないこともあり、ビリーとナイナイの別れのシーンは自分でも驚くほどに嗚咽してしまった。
淡々と、でも、誠実に生と死を切り取る作品がやっぱり好きだな。
観終わって、ふと自分の祖母は今いくつなのかも思い出せないことに気づいた。
まだ自分は、会いたいと思えば顔が見える。
声が聞ける。話ができる。
その当たり前の幸せを無駄にしてはいけない。
もう少し落ち着いたら、この映画を土産話に会いに行こう。
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