ララン

クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代のラランのレビュー・感想・評価

3.6
ウィーンの華々しい時代に生まれた精神分析や音楽も交えて、クリムトとシーレを紐解いていく。
クリムトは金を使った絵画が特徴の画家、シーレはクリムトの弟子で退廃的な画風が特徴、当時の芸術家の生活を垣間見れるドキュメンタリー。


クリムトは端正な顔立ちで、女性からの人気が高かった。
当時絵画を依頼する場合、絵画だけの関係にとどまることは稀で肉体関係に繋がることが多かった。
クリムトは女性肖像画を多く描いており、関係を持った女性も多かった。
彼の死後、彼の子だという申し出は10数件にのぼり、鑑定の結果6件はクリムトの子供として認められた!

クリムトとフロイトの時代。
絵を描く事は自己分析でもある。
クリムトと精神分析との関連性。

クリムトは顕微鏡を使ってものを見るのが大好きで、解剖学の知識もあった。
それが絵画にも生かされ、女性衣服は卵子を模した丸い柄、男性衣服に精子を模した四角い柄をあしらう。
(このポスターに採用された絵画「接吻」です。)


シーレの作品は残酷で性的、攻撃的な絵画が特徴。
現代でも広告としては規制が入るような性器をはっきりと描写する。
当時はいかに驚いたことか。
またモデルを追い詰めた末に絵を描き上げるという面があった。

シーレの革新的な部分としては、女性画の構図における横向きか縦向きかについて初めて意識をもたらしたこと。
横たわる女性の絵画を横向きに壁に掛けるか、縦向きに掛けるか、これに異性愛者の男性の固定されたジェンダー感が浮き彫りにされたという指摘はなるほどと思った。
どうやって構図を切り取るか、どの向きから見るかで伝わるメッセージ受け取るメッセージの違いに驚く。

シーレは20代前半に14歳の少女の誘拐淫行の容疑で逮捕される。
その間にデッサンされた画も彼の精神状態を表すとして名画と称されている。
また当時の彼を支えた下層階級の女性バリーと抱擁を交わす絵画もある。
それは別れの抱擁の画であった。
彼は支えてくれた彼女を捨て、中産階級の女性と裕福な生活のために結婚をする。

当時のブルジョワ階級の男性は、成年後正式に結婚するまでは下層階級の女性や娼婦たちと沢山の関係を持つのが当然とされてきた。
シーレも当然のように主に自身の絵画モデル達と多くの関係をもった。
そして25歳になったら、あっさり別の女性と結婚するのがブルジョワ階級の男性に用意された道だった。

この関係性は昔から同じなのも面白い。
男性はなんだかんだ遊んでも、妻を選ぶ時は社会的地位を重視してそこに相応しい女性を選ぶのは変わらないのだなぁと。
ララン

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