湯呑

悪人伝の湯呑のレビュー・感想・評価

悪人伝(2018年製作の映画)
4.5
もはや韓国映画という枠を飛び越え、世界的なスター俳優への道を進み始めたマ・ドンソクの主演最新作は、お得意のフィルム・ノワール作品である。疾駆する車を舐めるに追っていく冒頭のシーンや凄惨な暴力描写など北野武映画からの影響が見て取れるが、本作の特徴は何といってもその一風変わった設定にあるだろう。シリアル・キラーに襲われて大怪我を負ったヤクザの組長が、落とし前を付ける為に刑事と協力して犯人探しに乗り出す…というストーリーから分かる通り、ノワールのプロットにサイコ・サスペンスの要素を接ぎ木しているのだ。警察が殺人鬼を捕まえる為に凶悪犯からの助力を仰ぐ、というのは『羊たちの沈黙』以来の伝統だが、本作はそのお約束を利用して思いもよらないジャンルミックスを実現している。正直、哲学書を読むインテリの殺人鬼、というのはいかにもありきたりで、サイコ・サスペンスとしては犯人像が弱いのが難点だが、まあ手垢の付きまくったこの手のジャンルで新たな犯人像を提示するのも難しいだろうし、それはこの作品に限った話ではない。
『悪人伝』の見どころは、マ・ドンソクとキム・ムヨルがそれぞれ演じるヤクザと刑事、立場の異なる2人がある時は反目し、ある時は協力しながら連続殺人犯を追っていく過程において、どちらが物語の主導権を握るかによって、ジャンルミックスの配分が変化していく点にある。つまり、犯人を探し出す為の合理的な捜査が描かれる場合は、刑事が主体となるので映画もサイコ・サスペンスとしての色彩を強め(ヤクザ達が地道に聞き込みをする場面などは笑える)、逆にヤクザ同士の抗争などが絡んで物語に非合理な暴力が満ちてくると映画はノワールとしての性格を強めていく、という訳だ。物語レベルでの登場人物の関係性が、そのまま映画のハイブリッド構造に影響を及ぼす、というアイデアはなかなか面白い。
何しろ、犯人を追う目的がそれぞれ違うので(犯人に対して刑事は死刑の、ヤクザは私刑の遂行を望んでいる訳だ)、捜査は獲物をどちらが先に手に入れるか、という競争へと最終的に発展していく。刑事が勝てば映画はサイコ・サスペンス的結末を迎えるだろうし、ヤクザが相手を出し抜けば映画はフィルム・ノワールらしいラストに帰着するだろう。この映画がどの様な落としどころを用意しているかは実際にご覧になって確かめて頂きたいが、なかなかに気の利いた結末にはなっている。
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