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家族を想うときのかずシネマのレビュー・感想・評価

家族を想うとき(2019年製作の映画)
4.0
父は週6日、1日に14時間労働。
母も訪問介護先のミセスから「どういう事?朝の7時半から夜の9時って…8時間労働制度は?」と言われる。超過分は未払い、交通費は実費。
2人共、時には食事もとれない。
ミセスの言う通り、どういう事やろな?

自分も昔、時間的な拘束の強い薄給の職場にいた。労基の監査が入る時はタイムカードの打刻時間を誤魔化す。
みなし残業代は給与に含まれていたが、当然毎月みなし残業の時間を超過するのに超過分など出ない。
日本人の女性であれば誰もが1度は手にした事があるだろう、あるモノを作っている会社。
正社員だったが、労働時間で時給換算したら当時の最低賃金額を大幅に下回る。賞与も無し。
工程を徹底管理し、効率よく仕事をまわすシステムが確立されていたので予定は寿司詰め、締切に追われる。休憩時間の他は私語が厳禁。
朝から朝まで仕事して、昼も夜も食事をとれない事もあったよ。
お父さん、お母さん、あの頃の自分とお揃いやね。

…ちょっと逸れるけど。
そこは正社員よりも時給で給与が出る契約社員の方がよっぽど条件が良かったし、契約社員だと残業をしなくてよかったので(残業代を出さなければならないから残業させてもらえない)、正社員からそっちへ雇用形態を変えた先輩もいたよ。その交渉時と後にパワハラ受けてたけどな。
こういう会社もあるから特に若い人は気をつけてね。マジで。
やたら正社員化を促進する風潮があるが、全ての正社員が条件良い訳ではない。
ちゃんとした会社もあるだろうけど「裁量労働制の正社員」は抜け穴よ。
「昔」と書いたが大体この10年内の話。

…で、話を戻す。
なので、仕事の内容は全然違うが、長い長い拘束時間のキツさは身に沁みてよく分かる。
そちらに侵食されて、いつの間にか心に余裕が無くなってしまうのも分かる。
何かを蔑ろにしたくなくても結果的にしてしまう事、優先順位がおかしくなってしまう事、何かを見失いそうになってしまう事も、本当によく分るよ。

今思えば完全にやりがい搾取としか言いようがないが、自分はそこの仕事内容は好きだったので身体を壊すまで普通に(?)こなしていたけど。
幸いな事にそこには今も付き合いがある良い仲間もいたし、効率化されたシステムは仕事に集中するにはとても良く(去年から何かと話題のオンライン会議も当たり前に導入されていた)、吸収できる事も多かった。
でも、そういった事もなく、そして「元々好きだからその仕事をやっている」のではないならば、本当に、只々キツいだけやんな。

そこは本部長がお父さんとこのボスみたいなタイプだった。
やっぱりこの手の黒い会社は似た様なタイプが仕切ってるもんなんやね。

それでも作中にあった様な、家族にトラブルが起きた時は帰してくれていたし、怪我をしたら労災も下りていたよ。
それは条件が違うからだけど、作中の物流会社だって「お前がオーナー」とは名ばかりなのにな。
あそこまで酷いと、誰かが向こうの労基の様な組織に訴え出てそうなもんだけど…。
でも会社が黒くて辞めたor辞めたい会社にそこまでしてやる義理もないか。

全てではなくても、あまりにおかしい事はおかしいと、2人は(言葉は悪くても)ちゃんと上と掛け合ってもいるのにな。
というか言えるだけ偉いと思う。
打ち返されるのは分かってるけど、交渉の場に立とうとしているのが。

息子の「何かが間違ってる」という台詞がそのまんま。
家族が大事だから仕事を頑張っているだけなのに。

息子の持って行き場のないあの感じ、ゆらゆらと優しくなったかと思えば怒りを向けるあの感じ。すげーよく分かる。
思春期特有のものだけど、長子である事も関係してると思う。
娘ちゃんのあの告白も、その直前までの誤解も、すげーリアルだと思った。
有りがちよな。
子供は寂しくてもあの状況じゃ言えないし、両親が家族の為に働いているのも分かっているし。
でもちゃんと自分の事も見てほしいし。

夫妻の交わす会話もリアルで。
こう書いている今も何処かで誰かが話していそう。
お母さんがずっと思いやりや優しさを失わなかったのが良かった。
「口汚く罵った」と自責して泣くシーンすら、優しい。

妙な人にも出くわすが、バス停のマダム、チップをくれたマダムなど、ごくごく普通の優しい人も勿論いる。
髪の毛を梳かしてもらっているお母さんのシーンも好き。
娘ちゃんがお母さん似という描写も良かったな。
警察の人の台詞は至極真っ当だ。

この家族の話なので当然脇に回るが、お母さんの訪問先の方々の人生がほんの少しだけ垣間見れる描写も良かった。

ケン・ローチの作品は「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観た後に、どえらい怖く悲しくなって精神ポイントをかなり消耗してしまったので(とても良い作品だったけど)、こちらの作品も心に余裕がない時に観てはいけないかも…気合いがいるかも…等と思い、録画してから鑑賞するまでにかなり間隔が空いた。
でも、こちらはあちら程はヘコまなかった。
こちらも普遍的な、漠然とした不安を具体的に描写した作品である事には変わりないけど。
希望の芽が散らばっている様に思えたから。

自分はあの最後、あの後は大丈夫だと信じている。
あの食事のシーンの様な場面がきっとまた訪れる。

演じた皆さんは役者歴の浅い人か素人も同然の人が殆どだったそうで。
お父さんのとこのパワハラボスは警察の人だそうで。
皆さん違和感ないし、とても自然だし。
ケン・ローチの思い切った配役すっげー。。
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