幽斎

チャーリー・セズ / マンソンの女たちの幽斎のレビュー・感想・評価

4.0
恒例のシリーズ時系列
1976年「へルター・スケルター」マンソンの裁判を映画化。
2003年「チャールズ・マンソン」殺人事件を現代風にアレンジした作品。
2015年「アクエリアス」ファミリーを題材とした刑事ドラマ、TVシーズン。
2018年「チャーリー・セズ / マンソンの女たち」本作
2019年「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」ハリウッド視点の作品。
2019年「ハリウッド1969シャロン・テートの亡霊」被害者側にフォーカスした作品。

陰惨な事件から50年の節目を迎えた作品。原題「Charlie Says」とはCharles Mansonが、何を考えてるのか話す女性達を意味する。原作はEd Sandersの著書「ファミリー シャロン・テート殺人事件」平和的なヒッピーと思われた集団が、やがて殺人結社と化すまでを描いたドキュメンタリー小説。語り尽されたテーマを、実行犯のLeslie Van Houtenの獄中生活を描いたKarlene Faithの著書「The Long Prison Journey of Leslie Van Houten」を加えて事件の深層を描いてる。

【シャロン・テート殺人事件】ポーランドを代表する映画監督Roman Polanskiと結婚したハリウッド女優Sharon Tateはその翌年、Susan Atkinsら3人組に因って、ロサンゼルスの自宅で殺害された。彼女は妊娠8か月で「子供だけでも助けて」と哀願したが、Atkinsは16箇所も刺して惨殺。Tateの母親は死刑囚でも仮釈放が認められる事への反対運動を起こし、アメリカで被害者側が裁判の陳述人として参加する、初の前例を作った。

【ヘルタースケルター】元の意味はイギリスの遊園地に有るタワー型の滑り台、それを懐かしむビートルズが「ヘルタースケルター」=しっちゃかめっちゃか、と言う意味、の楽曲をリリース。それを終末論と解釈したMansonは、白人と黒人のハルマゲドンと称してシャロン・テート殺人事件を起こした。それ以降無秩序や暴力のイメージが付き纏う楽曲。試しに聞いたが、Mansonの解釈が至極見当外れなのは、京都人の私でも分る。

【Charles Milles Manson】1934年11月11日または12日に生まれ。特定出来ない理由は母親が憶えて無いから。母親は16歳の家出少女で売春婦、父親は誰か分らない。名前を付けなかったが、気まぐれで結婚した相手の「マンソン」の姓を貰い「チャールズ」と名付けた。ガソリンスタンドを襲撃し逮捕され、5歳のMansonは祖父母に預けられた。9歳に為った彼は意を決して母親に会いに行くが、邪魔者扱いされ少年院を出た後の大半は牢屋での生活だった。

転機が訪れたのは1967年、何度目か分らない釈放を迎えた時、世間は俗に言う「フラワー・チルドレン」で溢れてた。所謂ヒッピーの事で、ベトナム戦争の後遺症に悩む時代をバックに、平和と愛の象徴として花で身体を飾った為こう呼ばれた「武器では無く花を」を合言葉に誰もが髪を伸ばして髭を生やしLSDに明け暮れた。彼はフリーセックスの虜に為り、やがて自らのコミューンを形成した。子供が生まれたファミリーはロス郊外のスパーン牧場に移住した。彼は80歳の牧場オーナーを巧みに懐柔した。それは女性達がオーナーに「御奉仕」する事だった。実にサイコパスらしいエピソード。

彼の写真を見て「何でモテたんだろう」と訝しむのは分るが、元来がアウトローで有り、彼のイメージがヒッピーにマッチした事。自らをキリストに似せる為に髪や髭の手入れを怠らないセルフ・プロデュース力。そしてLSDとセックスを組み合わせる事で、セックス・ドラッグの教祖としての一面も持つ。彼に着いた女性達は、何れも中流階級からの家出少女、根っからの悪はSusan Atkinsだけ。ミュージシャンを目指した彼は、ビーチ・ボーイズのメンバー、Dennis Wilsonと知り合う。当時のビーチ・ボーイズはサイケデリックで、彼の噂を聞きつけコラボする予定だったが、音楽会社に反対され、代わりにWilsonの屋敷に移り住む。ファミリーで有る女性達が目当てだった事を、Mansonは見逃さなかった。

ヘルタースケルターを補足すると、ビートルズの「ホワイト・アルバム」は4人のメンバーの楽曲の寄せ集めで、個性と言うよりも方向性がバラバラ。つまりメンバーの「終末」を示唆する。それを決定的にしたのがPaul McCartneyの「Helter Skelter」これはPaulが最も騒々しいライヴで名を馳せた「ザ・フー」へのパロディで、彼なりのジョーク。これをMansonはハルマゲドンが起きる!と解釈。黒人の過激派が白人を相手に蜂起し核戦争が起きる。黒人が勝利したが、彼らには世界を統治するだけの能力が無い。其処でデス・ヴァレーの洞窟で生き残った「ファミリー」が世界を統治する。因みに黒人の過激派の別名は「ブラック・パンサー」アベンジャーズのスピン・オフの由来でも有る。この辺りは「ブラック・クランズマン」のレビューも読んで頂くと理解が深まります。此処から黒人の犯人を偽装する、一連の犯行の幕が開くので有った。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観てMansonに興味を持った、と言う方は多いだろう。Mansonのアウトラインを知る意味では、本作は良く出来てる。一方で事件の性質上、描かれるテイストは淡白を極めヴァイオレンスを求める方、エンタメを求める方は肩透かしを食らう。単一の作品として面白いかと言えば微妙だが、Manson入門編としては、上品な部類。

シネフィル的に言えば現代への警鐘とも受け取れる。今の社会は新自由主義、New World Orderと呼ばれ、経済的に「洗脳」された社会。彼女達が加害者なのか被害者なのか議論の余地は有るが、自己が否定されがちな現代では、目に見えない「傷」を肯定してくれる人を探す為、日々SNSに明け暮れる。誰でもMansonの様な存在に心惹かれる危険性を孕む社会。アイデンティティを放棄し、匿名でネットに書き込む事で自らをフルイド的な立場に追い込んでる事に気付かない。不穏な社会の写し鏡こそ、映画の役割と言える。

私には彼を崇拝する輩の心理が全く理解出来ない。単に時流に乗り妄信で勢い余って大量殺人を犯したに過ぎない。多くの事件は指示するのみで実行犯は女性で有り、自ら罪を犯す事が出来ない小悪党。サイコパスとカリスマは常に紙一重だが、もし崇める人が居るなら、私ならこうアドバイスする「貴方が教祖に成る事を考えなさい、その方がずっと前向きだ」と。

本作を観て、それでも死刑を廃した方が良いと思う貴方。私は貴方こそ悪魔だと思う。
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