石口

生きるの石口のレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
5.0
ハッピーバースデーの場面は何回見ても心が震える。未曾有の感動。

改めて見直して、本当に緻密に作り込まれた物語構成だと感じられた。前半で重要な役割を担うのは伊藤雄之助と小田切みきの2人なのだが、どちらも後半はまったく登場しない。よくよく考えてみると、志村喬が己の深刻な病状を告白する相手はこの2人だけなのだ。

特にその陽性の魅力で志村に大きく影響を与える小田切をあっさり途中退場させるのは、かなり潔い作りと言えるのではないだろうか。

後半は志村の魂が変遷していく過程に立ち会っていない者たちが、何故彼は人が変わったようになったのかを憶測も交えて議論するという展開になる。中でも日守新一が志村に思いを寄せる立場として熱っぽく持論を語るのだが、黒澤監督の思いもまた彼に寄っているように感じられる。

本作は志村の不器用で愚直な生き様が涙を誘う感動作であるのは勿論、「人間とは、世の中とは、所詮こんなもんだ」という冷笑主義に対する黒澤の真摯なカウンターでもあると受け取れる。黒澤作品に通底する、この青臭くもあるアツさが最良の形で表出したのがこの傑作だと言えるだろう。
石口

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