湯っ子

陸軍の湯っ子のレビュー・感想・評価

陸軍(1944年製作の映画)
4.2
以前観た原恵一監督の「はじまりのみち」では、田中絹代演じる母親が、出征を前に行進するわが子を探し回るシーンをノーカットで使っていた。観たことのある映像なのに、作品をはじめから通して観ると、驚きと涙が止まらなかった。木下監督を敬愛する原監督が、このシーンをまるまる使ったことの意味がやっとわかった。

軍部からの依頼で作られたプロパガンダ映画なのに、この仕上がり。このシーンが軍部から睨まれ、木下監督は次回作をキャンセルされたというけど、だったらどうしてこの映画が検閲を通ったんだろう。検閲に関わる人たちも、相当きわどいけれども、脚本上にはなんの反戦メッセージもないし、おっかさんの気持ちはわからんでもないからな、と意識的に見逃したのではないかと思う。
劇場でこの映画を観た人たちはどう思ったんだろう。ひた隠しにしなければならなかった感情を爆発させるひとりのおっかさんと、屈託のない笑顔を見せる、幼い面影の残る若者を見て。

日本の勝利を信じて疑わない父親を心優しいでくのぼうとして描き、芯の強く賢い母親に言葉なきメッセージを託す。人々に伝えたい、人々の心の叫びを映像にしたいという強い強い思いで、考えに考えた答えがこの表現だったんじゃないかと思った。
湯っ子

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