こーひー

ソウルフル・ワールドのこーひーのネタバレレビュー・内容・結末

ソウルフル・ワールド(2020年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

どんなに偉大で有名な哲学者に説かれてもわからなかったことが経験の一つですべてを理解できることもある。
私たちが生きる意味とは…?
この映画の壮大なテーマであるこの問いに人類ははるか昔から挑んできた。その問いに対する答えを見つけることに己の生涯を捧げた偉人が数多く存在する。
この作品では生きる意味、生まれる意味、そして死ねない理由などがテーマになっている。

ソウルの世界では生まれる魂がどのような価値観を持ち、何が好きで、どのような性格なのかを決められたうえでこの世(人間界)に飛び降りていく。この地球に向かって飛び降りるシーンはドイツの哲学者ハイデッガーが提唱した被投性を意識しているだろう。だが意識はしているもののその実態は作中では全く別のものである。被投性とは我々人間はこの世界に強制的に投げ込まれた存在であるという考えである。反抗期の子供が母親に言う「産んでほしいなんて頼んでない!」というようなセリフはこの被投性に対する怒りの叫びでもある。この映画ではきらめきを獲得した魂たちが自ら進んで人間界へと飛び降りる。つまり己の意志で産まれようとしている。22番はそれを苦しみと見なし、産まれないことを決意する。
反出生主義的な側面を持っているキャラへの説得による心変わりは我々に生きる目的を与えさせてくれる。

22番がきらめきを持てたとき、ジェリーの一人がきらめきとは目的ではないと言った。そう、人生に生きる目的などないのである。あったとしてもなんてことはない小さなことなのだ。これは無神論的実存哲学に通ずる。ニーチェは永劫回帰を提唱した。この世は永遠に同じことの繰り返しだと。それでもいいと思える生き方をしてこそ、魂は真の意味で救われる。運命を受け入れる勇気(運命愛)を持つことが大事なのだ。

さらに主人公のジョーはマンホールに落ち、「死」という抗うことのできない"終わり"に直面する。最初はその"終わり"と逆の方向へ走った彼が最後にはそこへ自らの意思で向かう。「死」の不可避性を受け入れ、受け入れたうえで自分の行動、立場を把握し生きることをハイデッガーは〈死の先駆的決意性〉と名付けた。ラスト、ジョーは人間界に戻り、死と真っ向から直面した経験から一瞬一瞬を大切に生きることにした。彼は死の先駆的決意を己のものにした。死への恐怖を超克したとも言える。彼の魂は救われたのだ。それもあらゆる意味で…
こーひー

こーひー