ワンコ

KCIA 南山の部長たちのワンコのレビュー・感想・評価

KCIA 南山の部長たち(2018年製作の映画)
4.5
【政治は密室で行われるべきではないと思うこと】

この作品は朴正煕大統領暗殺事件を扱ったものだが、一連の事件で明らかになっていないところがあるため、フィクションということになっていて、登場人物の名前も伏せられたり、実際の名前とは異なっている。

最近、職権乱用などの罪で20年の実刑が確定した朴槿恵前韓国大統領は、朴正熙の娘だ。

朴正熙は、朝鮮戦争休戦後の混乱が続く韓国で、軍部の腐敗や国内復興の遅れに業を煮やし、1961年に軍事クーデターを決行、1963年から暗殺される1979年まで大統領を務め、独裁体制を推し進めた。

朴正熙は、アメリカと日本の経済支援を得て「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を達成し、韓国を最貧国から脱出させる一方、日本に滞在中の民主派リーダー金大中をKCIAに拉致させるなど、日本の国家主権を侵害する強硬な面を隠さなかった。

映画で、パク部長をフランスで拉致、証拠を残さず消したのは大統領ではなく、キム部長の仕業ということになっているが、これも国家主権の侵害だ。

パク部長のアメリカ議会での内部告発証言をめぐり、アメリカと対立する場面も描かれるが、アメリカの経済発展への多大な貢献や、対北朝鮮共同防衛でアメリカに強い態度で望むことが出来ないというジレンマはあった。
しかし、韓国軍のベトナム戦争参戦で、アメリカに恩を売るなど両国の関係を、対共産主義という点でより密接なものにするという戦略家の側面も持っていた。

パク部長の裏切りに加えて、金大中と並ぶ民主派のリーダー金泳三の台頭が、朴正煕のイライラを募らせていく。

その運動の中心となった釜馬民主抗争を戦車で封じ込めようと提案するクァク室長に対し、空挺部隊も用いてはどうかと提案するのが、朴正煕の後、クーデターで大統領になる全斗煥だ。

最後、金庫から金の延棒を持ち出す場面があるが、この作品の全斗煥は、レーザーラモンRGに似てる気がした。

話は前後するが、この頃、なぜ韓国で民主化運動が盛んになったかというと、事件前年の増税と、それに追い討ちをかけるように発生した第二次オイルショックで人々の暮らしが立ち行かなくなったためだ。

それを朴正煕が金泳三の政治的な野心と誇大妄想的に疑念を持ってしまったのに対し、キム部長は、民衆を力で押さえつけるだけでは不満や将来の暴動の種を摘むことは出来ないと次第に考えるようになっていく。

この映画に描かれるように、朴正煕がクァク室長を過度に庇護したことや、パク部長殺害の完全犯罪で、朴正煕がキム部長を正当に評価しなかったことは、キム部長による朴正煕暗殺の重要な動機であることは間違いないのだが、今では、キム部長が、韓国の民衆が疲弊していく様を、見て見ぬふり出来なかったというのも大きな理由のひとつだとされている。

そして、朴正煕大統領暗殺事件でも韓国に大きな変化はなかった。

映画では、事件後、キム部長が南山ではなく、軍本部に向かったことが、ミスチョイスではなかったのかと思わせるように描かれている。
しかし、20年近く蓄積された軍事独裁政権の牙城は固かったのだ。

革命によって誕生した政権が独裁色を強め腐敗していくのは、なにも韓国に限ったことではない。

過去に遡れば、フランス革命のロベスピエールは多くの粛清を実行し、テロリズムの語源になったテルール(恐怖政治)を行ったことで知られるし、ピューリタン革命の後、実権を握った護国卿クロムウェルも凄惨な弾圧を断行した人物だ。

近代では、革命を引き継いだという意味で、ソ連のスターリンは千万単位の人を粛清したし、中国の毛沢東や、北朝鮮の金日成も例外ではない。
革命には独裁が付き纏って来た。

それに、アムネスティや欧米各国が指摘しているように、新疆のウイグル族へのジェノサイドを行なっているのであれば、習近平も同様だろう。
政敵となり得る兄弟や、批判をする側近を次々に粛清するのは金正恩だ。

日本でも外国を過度に危険視して軍拡を良しとする風潮はある。
よもや自衛隊がクーデターを起こすとは思わないが、長期政権でウソを厭わなくなった安倍などを見ていると、人々が政治を監視するということが、どれほど大切なのか改めて考えさせられる。

この映画を観て、認識するのは、政治は、密室で行われるべきものではないということだ。

密室で行われていると考える人が一定程度いるからこそ、Qアノンやディープステートといった訳の分からない陰謀論も出てくるのだ。

政治は人々のためのものだ。

現政権が理解しているか甚だ疑問だが、基本に立ち返って、国民がそれぞれで考えるべきだと強く思う。

この作品、展開はおおよそ知っていても、イライラも、ハラハラもするし、面白いのだが、こんな血で血を洗うようなサスペンスタッチの政治は日本にはいらないと思った。

ちなみに、キム部長とパク部長は、現実では友人ではないらしい。

あと、朴正煕とキム部長は戦前戦中の日本語教育で、日本語が理解できて、新渡戸稲造の武士道が好きだったらしい。

※ 大統領職についた人物は実名を使いましたが、その他は、映画のフィクションの名前を使ってレビューを書きました。
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