ほのか

1917 命をかけた伝令のほのかのレビュー・感想・評価

1917 命をかけた伝令(2019年製作の映画)
3.9
わたしは戦争を知らない。

すきな映画のジャンルを問われると何気なく戦争映画をあげてしまうけれど、そうするたびにああやっぱりわたしは戦争を知らないひとなんだ…と痛感する。
戦争を経験した人はそういった類のものを見ないという話をよく聞く。幸運なことにその場に身を投じたことがないが故にどんな作品も躊躇いなく観ることができることけれど、それが戦争を経験していない証になっている気がして(そのことに罪悪感とかを持っているわけではなくて)、戦争を経験していないことは有り難く危機感に蝕まれることなく育ったことにはとても感謝しているのに、そういった生活しかしてこなかったが故に戦争を娯楽として消費してしまっているのではないかと感じる時があり、それが自分で自分の首を絞めているとわかっていながらも考えることをやめられずそこから動けなくなり言葉すらも出なくなる時がある。




これは"名もなき兵士の物語"になり損ねた過去の出来事。
散々言われているし賞での評価からもみて取れる通りに撮り方とそこに流れる音が類いないものでまるでVRゲームの世界のようだった(VRゲームしたことない)。
心に留めなければと思うこと。有体の言葉にはなるけれど、戦争を行っているのは人だということ。殺し殺されしているのはたまたま国が違っただけの人だということ。こういったことを経験したひとは彼ひとりではなく、戦場にいた/いる人々もみな人生を持っているのだということ。
彼にフォーカスが当たる映画であっただけで、大佐が「また明日には違う命令が降る」(だいぶ違うかもしれないが大体そんなこと)と言っていた通りにこれまでも何人もの伝令が大佐の元に走ったのだろうし明日には明日の伝令の人が走る、この場においてこの伝令は特別なことではなかったということ。
だからといって彼のこの功績の価値を下げたいわけではなくて、かといってあの場で行動を起こした人皆を褒め称えたいわけでもなくて。じゃあわたしはどうしたいのだろう?と思った時に、ただ「知ることができてよかった」と思うのです。わたしはたまたま映画が入り口だけれども、歴史と人を知り、もしも自分がその局面にぶち当たりそうになったらその前にどうするべきかを考え学ぶことができる。娯楽である映画で戦争をみて、楽しんではいけないとは思わないけれど、ここから何かを考え学び吸収するきっかけにすることをわたしは大事にしたいと思います。
…とりあえずわたしは第一次大戦のことを学ぶね、考えてみれば今まで見てきたものって第二次大戦のものが多いんだわ。途中でフランス人が出てくるまであの場がどこかがわからないほどには第一次大戦のことなにも知らなさすぎて情けなくなったわたしさんより。











こんな備忘録の始め方しといてもすきな役者がたくさん見られることに喜んでしまうのは演者オタクの性なのだ…。本当にすきな役者のオンパレードで次から次にすきな役者がでてきては別れでてきては別れを繰り返されるとただただ呻き倒すことしかできなかったのですが、その軸にジョージマッケイ(ファミリーネーム読み方議論を見て表記迷ったけどとりあえず)がいること、ほんとうにうれしい。ありがとうありがとう。パレードへようこそがとてもすきなので、アンスコが出てきた途端うわああああ再共演ですねえええうれしいいいいと思いました。どの出演作をみてもいつもだいすきだったから日の目を見るときがきて諸手を上げて喜んでしまうよ。なんで賞レースでほとんど名前が挙がらなかったんだろう…。なにかしらの賞で箔をつけてあげてほしかったと思ってしまうファン心。それを抜きしても賞に値する表現が散りばめられていたと思うよ。このひとの誠実でまっすぐな瞳に映るものをこれからもずっとみていたいね。
そして、まだ名も知らない英国役者もたくさん…!ダ…のときにそうだったように忘れた頃に、1917に出てたのか!あのちょい役!?ってなるのだろうか!そのときを想い、わたしは今から地に足がつかず胸を焦がす日々を過ごすのです。