真一

一人っ子の国の真一のレビュー・感想・評価

一人っ子の国(2019年製作の映画)
4.2
「国権は人権を圧倒する」

 このドキュメンタリーを見て、中国の最高指導者だった鄧小平の言葉を思い出した。「国権」は、国家の統治権を指す言葉。「人権」の対極にある概念だ。

 「一人っ子政策」は、鄧小平の下で進められた。掲げたのは「人口増加がこれ以上進んだら、わが国(中国)は破たんする。出産制限する以外に道はない」という「国権」優先の論理だ。本作品は、全ての中国人女性が妊娠の自由、出産の自由を奪われ、凄まじい数の強制中絶と不妊手術が全土で横行した「人権」蹂躙国家の実像を、生々しい証言により浮き彫りにしている。

 「一人っ子政策」という軽いノリの表現が影響したのか、そのおぞましい実態は必ずしも日本に伝わっていない気がする。自分も、ここまで悲惨だとは想像していなかった。極めつけは新生児の遺棄。何十万、何百万もの女性が、おなかを痛めて生んだ赤ちゃんをビニール袋に入れ、野外市場のゴミ置き場や橋の下などに、生きたまま捨てたという。

 「捨てた場所を翌日、見に行ったよ。我が子はまだ動いていた。蚊に刺され、顔がパンパンに腫れ上がっていた。翌々日も見に行った。その時は、動かなくなっていた」。声を詰まらせながら話す父親の遠くを見るような目が、脳裏に焼き付いた。

 監督は、渡米経験がある中国人女性ワン・ナンフーさん。一児のママだ。彼女は、一人っ子政策に翻弄された高齢者を相次ぎ取材する。取材を受けた人の反応が、恐ろしく似通っているのが印象的だった。みんな、口をそろえる。「そういう時代だった。仕方ないよ」。そしてマイクを向ける監督に「今更ほじくり返してどうする」といらだちを見せるのだ。

 取材に応じた中国の人々の話し方、表情を見て、ピンと来た。自分が子どものころ、太平洋戦争世代の親戚に当時の思い出を聞いたことがある。その時のおじさん、おばさんの反応にそっくりなのだ。国民全員が受けた被害だと、それがどんなにひどいものであっても、人は「言っても無駄だ」と考え、受け入れてしまうのか。「国権」による、恐るべき同調圧力というほかない。

 本作はさらに、無数の子どもが、人身売買に出された現実を取り上げる。まず2人目が生まれると、市町村役場の関係者が押しかけ、法律に基づき両親から奪い取る。そして施設に渡す。施設は違法な手数料を役場関係者に払う。さらに、預かった子を、養子縁組を希望する海外のカップルなどに売り渡し、利ざやを稼ぐ。こうした闇ビジネスが中国全土で繰り広げられ、巨費が動いた。

 それにもかかわらず、当時を徹底的に検証し、反省しようという声は上がらない。共産党独裁政権の大号令の下、全員が支持し、全員で決行した「一人っ子政策」。批判すれば、自己否定につながるのだろうか。

 「人権より国権」。もう一度、鄧小平の言葉を振り返る。これが巨大国家・中国の運命なのか。私たちは、この隣国とどう向き合ったらいいのか。深く、深く考えさせられる作品だった。
真一

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