スローボート

マイ・フーリッシュ・ハートのスローボートのレビュー・感想・評価

4.0
チェット・ベイカー・シングス」。私にとって、男性ジャズボーカルのワン・オブ・ベストのディスクだ。端正で、ちょっと中性的というか妖しい雰囲気を漂わせたジャケットを含めて。
そのチェットが58歳で亡くなったのは1988年。ホテルの何階かから墜落したというニュースに驚いた。驚きといえば、存命中に見た晩年の写真は「シングス」の頃とはずいぶんと変貌していた。
五十代とは思えない、顔全体に異様なほど深く刻まれたシワ、それは人生の辛苦だけではなくクスリも混じっていると想像するに難くなかった。「老残」という言葉を私はけっこうプラスにイメージしているとした上でいえば、58歳にしての老残ぶりは不思議であり謎めいていた。しかも音楽シーンでは積極的な活動がされていて、振り返ると最後の輝きを放っていたのだった。
いったい「シングス」からここまで何があったのか。かねてよりその軌跡を知りたいと思っていた。おそらく記録はそれほどないだろうし、たとえあったとしても「シングス」から「老残」の軌跡の解明はむつかしく、それよりもフィクションで解いていくほうが有効だと思う。「マイ・フーリッシュ・ハート」はその貴重な試みだ。
ミステリーの構図のなかで、チェットの死の風景と、その真相を追う刑事の心象風景が重なる作劇術は優れものだ。(すみません、映画評の記述が少なくて)