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アルベール・カミュのgenarowlandsのレビュー・感想・評価

アルベール・カミュ(2010年製作の映画)
3.9
映画『異邦人』で想像した通りの人物像だった。カミュの「異邦人」は内容をすっかり忘れていたほど昔に読み、他は読んでいないと思っていたが、戯曲の「カリギュラ」「誤解」を近年読んでいた。半世紀以上昔の訳だが、読みやすく戯曲に興味をもったのを思い出した。本作観て「カリギュラ」もカミュの一面が表れていたのだと納得した。

いわゆる火宅の人だが、女性との別れ方が残忍である。浮気男ならドン・ファンとして、全ての女性に愛を振りまき、全員を嘘でも幸せにするくらいの度量がほしいものだ。カミュは大バカ正直で、飽きたらポイ、次の彼女を匂わせして、相手にわざと感づかせて相手から退くようにする策士である。自分で作った渦中には自分は入らない。後始末、別れかたは人間がいちばん出る。

映画『異邦人』で気になった情の薄さ、人の気持ちへの無関心、論理への拘り、欲望に忠実な生き方がそのまま表れていた。ノーベル文学賞受賞の哲学者でもある巨匠をバッサリ批判するのも気がひけるが、本作は、どうぞ切ってください、と言わんばかりの映画だった。

うつ病を発症していた妻のフランシーヌは最大の被害者であろう。ピアニストであるが、数学者でもある。カミュは筋の通らないことが我慢できない。妻は論理的、合理的思考をする資質があり、劇中では描かれていなかったが、二人のケンカは男性が感情的になると、理屈なら妻は圧勝しそうである。そしてカミュはキレやすい。妻の勝ちである。

カミュの論理への拘り、情への無関心、他人の気持ちを理解できない、抑えられない欲望、「今」「見えるもの」しか信じない、アドリブ即興ができない、キレやすい、ウソがつけない、将来、未来を予測できない、変化が苦手、ある程度自分がどう見られているかはわかっている。妻のうつ病はカミュの露骨な浮気でだけではなかったんじゃないだろうか。

カミュの哲学は他者と軋轢を起こす違和や差異から、自身を正当化するための一分の隙もない論理にも思えた。自身の生き方を突き詰め、それを行動することが哲学であると思っているので、確かに哲学ではあるが。

言葉は行動の一種で、言葉にしたことと行動を一致させようとふつうは気になる。詭弁は行動に移せるのだろうか。アルジェの母親の家に行った時、近くでアルジェリア人のフランスからの独立戦争によるテロがあった。カミュは驚く母親を窓から離したり保護せず、外に飛び出した。その前のインタビューで、アラブ人に正義について訊かれたとき、「あなたの正義はテロだ」「正義より母親をとる」と答えたばかりだった。

カミュを非難する感想しか出てこなかったのは、カミュの葛藤が表面的にしか描かれていなかったから。もう少し葛藤するシーンがあればまた違った感想になったと思う。葛藤した結果の思想は著書に記され、取った行動は人びとに記憶される。その間を埋めるのは欲望に忠実であることだった。

実に刹那的で、魂と快楽の消費だなと思えた。
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